心の在処‐01 

自販機で迷ったときは、ミックスオレを選ぶことにしている。思い出の味だから、さまよっていた指が勝手にそのボタンを押すのだ。ガコン、と吐き出された冷たい缶をふたつ握りしめて、わたしと琳太はベルたちが座っているベンチに向かった。
最近はベルとチェレンに町を案内してもらうことがよくあるのだけれど、それが段々と案内というよりは一緒にお出かけというスタンスになっている。家が近いというのもあって、仲良くなって、呼び捨てになるのにそう時間はかからなかった。
そして、彼らも近いうちに旅に出ようとしているのだと、打ち明けてくれた。両手を合わせて喜ぶベルは本当にかわいい。実年齢的には年下だから、妹ができたみたいでつい世話を焼きたくなる。チェレンはきっと、わたしよりできる弟だ。もしかするとお兄ちゃんの方がしっくり来るかもしれない。

「じゃあじゃあ、リサも新しいポケモンもらうの?」
「うーん、わたしは琳太がいるし…」
「いいじゃないか、もらえるものはもらっておけば」

チェレン、意外にがめつい。
でも確かに、わたしの腕じゃポケモンをつかまえるなんて無理そう。鈍臭いという自覚はあるし、もらった方が楽だよね。琳太にばかり負担はかけられないから、仲間は多い方がいい。

旅立ちの予定を話し合っていたら、同じ日だったと分かって驚いたけれど、みんなの歩むペースはそれぞれだから、すぐにバラバラになってしまうだろう。でも、旅先でぱったり出会うことがあったら素敵だね、なんて話しながら家路につく。



散歩から帰ってくると、話し声が聞こえてきた。そっとリビングのドアを開ければ、お母さんが誰かと電話していた。

「…はい、明日です。よろしくお願いします。…では」

カチャンと受話器を置いたお母さんは、取り繕うようにあらどうしたの、と言った。こっそりドアを開けたので、わたしが入ってきたことに気が付かなかったのだろう。ちょっとお母さんの顔が焦っていたので、わたしに聞かれてはまずい内容の電話だったようだ。お母さんは顔にすぐ出るからわかりやすい。かくいうわたしもわかりやすいらしいけれど…。
あえてお母さんの発言をスルーして、こちらから質問をぶつけた。気になって仕方がないんだもん。

「何の電話?」
「ひみつ!」
「え、」

まさか秘密、だと言われるとは思っていなかったので面食らった。少しくらいは、教えてくれると思っていたのに。琳太も腕の中で口を半開きにして驚いて…あ、違う、寝てるのね。本当に無防備だ。
結局、晩御飯はきんぴらごぼうよー、なんてさりげなく話をそらされてしまった。
水分補給してお母さんをじっとりとした目で見てから自室に戻る。


いまだに違和感が拭えない。自分の容姿は十四歳程度なのに、母親の容姿がどう見てもバリバリ二十代なことが。
お父さん曰く、わたしたちが向こうの世界にいた17年は、こちらの世界に換算してみると、たった2年なんだとか。時間軸というものが違うらしい。SF小説みたいだ。何度お父さんの説明を思い出してみても、信じられるような、信じられないような。
見た目は子ども、頭脳は女子高生、の出来上がりだ。
だから家族写真を撮ると、お兄さんお姉さん、歳の少し離れた妹、みたいな構図になってちょっとシュール。

それでもお母さんとお父さんが話してるところを見たり、二人の目と髪色を見る度に、ああ親子なんだな、わたしたちは家族なんだなって思う。

そういえば、お父さんの本当の姿を見たのはごく最近のことだった。ゴーストタイプのヨノワールという種族だそうで。目玉がひとつだったので驚いた。お腹もギザギザにぱっくり割れていて、痛くないのか訊いたら「アホか」と言われた。ひどい。お父さんのお腹の中がどうなってるのかは、さすがにちょっと怖くて覗けなかった。
タイプ相性的には、琳太の持つ悪タイプが、お父さんのゴーストタイプに対して有利なのだと言うが、タイプだけでポケモンの強さが決まるわけではないという。より経験を積んだ、レベルの高いポケモンなのはお父さんの方だから、お父さんの方が強いんだって。
タイプとか、そういうのはまだよくわからないけれど、旅に出てからはポケモンバトルが避けられないだろうから、ちゃんと勉強しようと思う。

「琳太、布団に降ろすよ」
『んー…』

降ろそうとするとわたしにしがみついて離れない。仕方ないので一緒にベッドに寝転がる。もういいや。
こっちの世界には高校みたいなものがないから、宿題もテストもない。
第一、勉強道具がない。唯一わたしのショルダーバッグに入っていたもの大部分は…きっと今頃セッカシティのポケモンセンター横の駐輪場、そこに止めてあるであろう青いわたしの相棒とお留守番、だ。

あの街までたどり着くのに、わたしの足ではいったいどのくらいかかるだろうか。それまでに仲間になってくれるポケモンはいるだろうか。どんな出会いがあるのかな。
こうしちゃいられない。明日の準備を済ませないと。お母さんと買いに行った真新しいバッグに、メモしていたものを詰め込んでいく。着替えを少しと、常備薬や絆創膏をいくつか。隣町まではわたしの足でも野宿せずにつくというから、缶詰やテントは必要に迫られてから買いそろえるとしよう。空っぽのバッジケースと、モンスターボール、それからキズぐすりも忘れずに。この3つは、初めからショルダーバッグに入っていたものだ。泉雅さんが入れておいてくれたのだろう。

わくわくと、少しの不安。探し物はたくさんあるし、見たいものも見つけたいものもたくさんある。
わたしたちを見つけてくれたのは泰奈たちだから、今度はわたしたちが、見つける番だ。

「リサー、琳太くーん、ご飯よー」

下からお母さんが呼ぶ声。まだ寝ぼけている琳太を抱きかかえて、ベッドから起き上がる。

「いこ、琳太」
『ん!』

旅立ちは明日。
わたしは世界を知るために旅立つ。




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