the Noah's ark‐08 

草むらに行ってみたいと言うと、案の定お父さんの柳眉がくいっと上がった。片方だけ綺麗に持ち上がったそれは、シーソーのように反対側の眉を下げる。

「やっぱり、だめ?」
「まともにバトルが出来なければ危ない」

にべもなく言われて、わたしと琳太の眉はしゅんと下がった。
一応、琳太だって戦える、とは思う。チャンピオンロードでは、あんなにすごい技を使ってくれたのだから。ただ、どうしてもわたしの技量が追い付いていないことは否めない。

ポケモンにはタイプがある。琳太が持つタイプは、悪・ドラゴン。そして、ある種のポケモンは、一定のレベルまで達すると進化する。姿形が変わり、能力値が大幅にアップするのだ。
琳太が進化するかどうかはまだ知らないのだけれど、今の容姿からして今後進化するだろう、とお父さんは言っていた。何となく、雰囲気でわかるのだろうか。

わたしは琳太の姿がこのままでも、可愛いから十分だと思うのだけれど、琳太は違った。はやく大きくなりたい、と意気込んでいるのだ。だったら、バトルをして経験値を稼がなければならない。進化するには、経験を積むことが第一なのだから。

「じゃあ、バトル教えて!」
「ん!バトル!」

それでもお父さんは難しい顔をした。なんでも、お母さんはポケモントレーナーじゃないから、バトルをしたことがないのだという。お父さんは、誰かのポケモンだったこともあるけれど、だからといってわたしに指示の出し方を教えられるわけじゃない。
じゃあ、誰に頼ればいいんだろう。

テレビでやっているリーグ戦の中継だとか、リポーターたちによる、旅のトレーナーへの体当たり取材のバトルだとか、そういうのならば何度も見た。でも、わたしがそこから吸収できることは少ない。本当にバトルをしたことがあるのならば、もっといろいろなことを吸収できるはずなんだろうけれど…。実践をしてみないと、そういった類のものを見ても、戦略を本で読んでも、意味がないと思うのだ。

「道端でやってるバトルを見るのが、一番だと思うがな」
「うん、わかった!」

わたしは、親しい人や知り合った人とバトルをする、もしくは公式戦で当たった相手とバトルする、というのが普通だと思っていたけれど、この世界では、あいさつ代わりにポケモンバトルをするのだと、お父さんは教えてくれた。仲良くなるために、お互いを知るために。
それを聞いて、わたしの中でのポケモンバトルの意味が少し、変化した。勝利の喜びを得るために、優越感を感じるために戦うのではないのだ。ポケモンバトルは絆を作るもの、絆を試すもの、ということだろうか。今のわたしの認識は、そういう感じだ。

テレビで見るより、生で見た方がいいというのは確かにそうだ。それに、道端で行われるのはプロのバトルじゃない。だから、よりわたしにもわかりやすいとお父さんは思ったのだろう。そうと決まれば、さっそく外に出よう。

「行こう、琳太」
「ん!」

気を付けろよ、気を付けてね、ふたり分の声を受け止めて、わたしは玄関のドアを開け放った。

本当は、トレーナーズスクールに通うのが一番だってわかってるいんだけれど、カノコタウンにはトレーナーズスクールがない。つまり、そこに行くためには隣町まで草むらを越えていかなければならないのだ。そのためにはバトルを…って、どうどうめぐりになってしまう。
こんなんじゃ旅に出るのはまだまだ不安だなあ。

ポケモンバトルをやっている場所を探すのは、そう難しいことではない。人が集まっているところを探せばいいのだ。

「あ、あそこだ!」

子犬のようなポケモンと、紫色の猫の姿をしたポケモンとが、睨み合っていた。
今までは避けて通っていた場所だけれど、今日からは違う、これも勉強だ。ついでにポケモンの種類も覚えよう。何種類いるかわからないけれど、先に覚えておいた方が後々楽だろう。

人混みの隙間から顔を出して、バトルの様子を固唾をのんで観察する。まばたきするのも惜しいくらいだ。子犬の姿をした、ヨーテリーと呼ばれたポケモンは、猫に向かって突撃する。あれが、体当たり。対して、少女から攻撃を交わすように言われ、ひらりと軽い身のこなしを見せてくれたポケモンは、チョロネコ。鋭い爪が、攻撃態勢であることを示す。前足で、ヨーテリーに一撃。ひっかく攻撃だ。距離を開けて、再びにらみ合うヨーテリーとチョロネコ。

「チョロネコ、もう一回ひっかく!」
「ヨーテリー、睨み付ける、だ!」

ヨーテリーの目つきにひるんだチョロネコの動きが、一瞬だけ止まった。その隙にヨーテリーは体当たりを決め、チョロネコは目を回して倒れた。戦闘不能。ヨーテリーの勝ちだ。

わあっと観衆からヨーテリーとそのトレーナーの少年に拍手が送られる。もちろん、対戦相手の少女とチョロネコにも。ふたりの少年少女はポケモンをたたえ、労わる言葉と共に、モンスターボールにポケモンたちを戻した。そして、ふたりは握手をかわす。

見物人がぱらぱらと帰り始めてからも、わたしと琳太はしばらくその場に立っていた。




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