心の在処‐07 

「バトルしようよ!」

やる気満々のベルと、その足元で鼻を鳴らしながらパートナーに同調しているポカブ。早くもナイスコンビネーションである。

「まあ、そんなワケだから研究所じゃなくて、こっちで待ってたってワケ」

研究所の中でバトルなんかしたら大変だろ?というチェレンの言葉には、深く深く賛成のうなずきを返した。琳太は岩壁に穴を開けたことがある。それを知っているから、外でやるに越したことはない。下手すると家ひとつ破壊しかねないとも思っている。
ついに、ストリートバトルを見てばかりだった自分が、見られる側、戦う側になる。その事実を唐突に目の前につき出されて、大きく心臓が跳ねた。憧れと緊張と、少しの不安と。それらを抑えきれなくて、わたしはぎゅっと胸の霊界の布を握ってうなずいた。

「それじゃ、いくよリサ!」
「うん!」

向かい合うわたしとベルの間に、チェレン。審判をしてくれるようだ。ベルのポケモンは、もちろんポカブ。なら、わたしは…。

「ミジュマル、いけ……いや、琳太、いける?」

ミジュマルの方を見るとこの世の終わりのような顔をしていたので、すぐに琳太を呼んだ。
琳太は短く返事をして、ミジュマルの方を伺った。本当にいいのかと確認をしたかったようだ。一目見てミジュマルにバトルの意思がないことを悟り、リサの影に隠れるようにして立っている白い頭をぽんぽん、とひと撫でしてから、琳太は本来の姿へと戻った。しっぽがぴこぴこと細かく揺れて、琳太の意気込みを示していた。

「よし、ポカブ対モノズ、試合開始!」
「よぉーし、ポカブ、体当たり!」
「琳太、こっちも体当たり!」

勢いよく走り出したポカブを待ち構えるかたちで、琳太は体当たりを繰り出した。何も考えずに、単調な指示を出してしまったような気がして即座に後悔する。かわすとか、ポカブがこちらにぶつかってくる前に、間接攻撃を仕掛けるとか、もっと他に何かあったはず。竜の波動という強力な技をせっかく習得しているのに、宝の持ち腐れになってしまったかもしれない。
しかし、そんなわたしの後悔は杞憂に終わった。ポカブの方が勢いがあったにも関わらず、逆にその場からほとんど動いていない琳太に勢いよく弾き返されてしまったのだ。そのまま目を回して倒れてしまった、黒と橙の身体。

「あっ!ポカブ!」
『うー…ごめんよベル…』

チェレンが判断するまでもなく、琳太が一発KO勝ちだった。
そういえば、琳太ってチャンピオンロードっていう強者揃いの場所出身だった。強者というと、どうしても身体が大きい荒くれ者のイメージがあるものだから、琳太が岩壁に穴を開けるほどの力を秘めていることを、ついつい忘れがちだ。

初めてのバトル、勝っちゃった。
実感が今ひとつわいて来なくて、駆け寄ってきた琳太を呆然とした気持ちのまま迎えた。でも、嬉しそうに掌に頬を寄せてくる琳太と、倒れてしまったポカブをいたわるベルとを交互に見ているうちに、じわじわと熱いものが込み上げてきた。ポケモンバトルに、勝った。琳太と一緒に。

「琳太、ありがとう!」
『ん!』

ひとしきり琳太と触れ合ってから、ふとミジュマルの方を見ると、彼もわたしと、それから琳太のことを見ていたようだった。でも、わたしと目が合うと再びこっそりと後ろに回り込まれてしまった。もしかして、少しでもバトルに興味を持ってくれたのかな。今は無理でも、これからミジュマルとも一緒にバトル出来たらいいなって思う。

「リサすっごく強い!」
「わたしというより、琳太のおかげだと思うよ」

ベルが立っていた場所に、今度はチェレンが構えていた。くいっと眼鏡を押し上げた彼の手は、ぐっと拳を作る。眼鏡の奥の目は強い光を放っていて、冷静な彼の中にも熱い気持ちがあることが伝わってくる。

「リサ、連戦で悪いけど、相手してもらうよ」

言葉と同時に、新緑のトカゲがしなやかな身のこなしで彼の足元から躍り出た。ほとんどダメージはなかっただろうし、もう一度琳太に頼もうか。

『なーんだ、やっぱり臆病なんじゃん』

琳太にお願いしようと口を開きかけた時に、そんなツタージャの挑発が耳に入った。あからさまにミジュマルに向かって放たれた言葉だ。

『う…』

きっと、研究所で共に過ごした経験があるから、ツタージャはミジュマルの性格をよく知っているのだろう。ツタージャの鋭い声に気圧されて、ぎゅうっとミジュマルがわたしの足につかまっている手に力を込めた。

『だってアンタさー、一回旅に出たんでしょ?何?怖くなったんじゃないの?』
『そうだけど、でも、でも…』

チェレンが訝しげにツタージャとミジュマルのやり取りを見ている。彼からしてみれば、何を言い合っているのかわからないから当然だ。ミジュマルに戦う意思がなければ、バトルに無理やり出そうとは思わないけれど、果たしてツタージャはそれで大人しく引き下がって琳太と戦ってくれるだろうか。

「リサ、ツタージャたちは何を言っているんだ?」
「えっと、ツタージャはミジュマルと戦いたいんだろうけど、でも、ミジュマルは…」
『あの、』

ぽん、とふくらはぎに柔らかい感触がして、視線を下げる。ミジュマルの白い手はかすかに震えていたけれど、透き通った瞳は、ひたとわたしの目を見つめている。

『怖い、けど、…やってみても、いい?』
「…!うん、お願いします、ミジュマル」

準備ができたと言うかわりに、ミジュマルがわたしの足元を離れて前に立つ。不安そうに振り返ったミジュマルにうなずいてみせると、ぱっと彼は前を向いて、それからは振り返ることがなかった。
ふふん、と鼻を鳴らしてツタージャがチェレンの前に飛び出す。

「よおし!じゃあ、チェレン対リサ、はっじめー!」

いつの間にかわたしとチェレンの間に立っていたベルの掛け声が、試合開始の合図だった。





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