心の在処‐06 

手を握って笑顔だったミジュマルが、突然肩を跳ねさせた。我に返ったかのようなその動作を追いかけて、彼は原型の姿に戻ってしまった。わたしだけが手をつき出す形になる。
一度ちらりとわたしを見上げたミジュマルは、わたしがしゃがんで目線を合わせる前にモンスターボールの中へ帰っていった。
拾い上げて、自分の体温が伝わるように、優しく握りしめる。仲間が、増えた。わたしの大切な存在が、またひとつ増えた。

今まで黙ってわたしたちの様子を見ていたアララギ博士が、タイミング良く声を掛けてくれた。

「話は決まりね!リサ、琳太くん、それからミジュマル!楽しんで来てね!」
「はい、ありがとうございます」
「ん」

ポケモン図鑑という便利なものを頂いて、旅をしていくうちに出会ったポケモンたちをおさめていくという、こちらとしても非常に嬉しいミッションを担うことになった。ポケモン図鑑があれば、わたしが出会ってきたポケモンたちを覚えきれなかったとしても、あとから見て確認できる。とてもありがたい代物だ。何百種類いるのかはわからないけれど、たくさんのまっさらなページを埋めていきたい。見返したときに、旅の思い出がよみがえるようなものにしたい。琳太の手を引いて、研究所を後にする。

ミジュマルをボールから出して、一緒に歩きたいと思った。せっかく町の外へ踏み出すのだ。できれば3人で一歩を踏み出したい。
赤い光を吐き出したボール。ミジュマルは落ち着きなく周囲を見渡して、琳太を見て、それからわたしを見た。外の世界は、久しぶりだろう。そわそわと、何かにおびえて戸惑っているようで、いきなりボールから出してしまったことを後悔した。ミジュマルにとって、外はトラウマになっていると知っていたのに。もっと慎重にするべきだった。
それでも、怯えた瞳の中に光るものもあって。あこがれだって失われていないのだと思い直す。だったら、外に出てもらって、色々なものを一緒に見た方がいいのかな。

「いっしょに町の外まで、行こう」
『う、うん…』

琳太とつないでいない方の手を差し出したけれど、びくっと先ほどと同じ反応を示したミジュマルは、ためらいがちに一歩、後退った。申し訳なさそうな雰囲気と、怯えたような態度。

そうだ。いきなり心を開いてくれるわけがないと、どうして気づかなかったんだろう。さっきは笑顔だったけれど、それはきっと、彼がずっと過ごしてきた研究所の中だったから、というのも手伝っているはず。ここに、彼が安心して身をゆだねられる場所も、人も、いないのだ。警戒して怒って、引っ掻かれても文句は言えない。琳太が特別穏やかで、ミジュマルが少し臆病だから、攻撃的じゃない。ただそれだけの話。

いつか、手を繋いで並べたら、という願いはそっと心の中に仕舞っておく。失くしたんじゃない。この先、時間がいくらかかっても叶えたいから、取っておくのだ。

ミジュマルはわたしと琳太から一歩離れたところを、小さな身体でついて来る。その姿が可愛らしくて、思わず頬が緩んだ。ぐい、と手を引かれて、慌てて前を見る。琳太がよそ見しないで、とでもいうようにギュッと手を握り直してきていた。ごめんね、の意を込めて、わたしもそれに応える。


道は知っていたけれど、今まで足を向けたことがなかった、町の外へとつながる道。道路の手前に、見慣れた人影があった。

「ベルとチェレンだ。おーい!」

琳太とミジュマルには、一旦ボールに戻ってもらい、ベルたちのもとへと駆ける。そういえば、彼女たちをすっかり待たせてしまっていた。息を切らして、とぎれとぎれに謝罪の言葉を口にすると、ベルたちは笑って許してくれた。ミジュマルは人見知りをして、わたしの足元にそっと寄り添っている。隠れているつもりなのだろうが、姿がばっちり見えてしまっていることには、誰も触れないでいた。

「いーのいーの!チェレンがね、ブラッシング教えてくれてたんだぁ」
「…ベル、力が強いんじゃない?ポカブが痛がってるよ」

道路脇でブラッシングをしていたらしい2人と、彼女たちのパートナー。よく見ると、ツタージャの毛並みが心なしかよくなっているような気がする。チェレンに言われてポカブがじたばたしているのに気付いたベルは、慌ててブラシをポカブの身体から離した。

『み、耳に突っ込むなよー』
「ベル、耳に突っ込まないで、だって」
「わわ、余所見しちゃってごめんねポカブ。次はちゃんとやるからねっ」

ベルに撫でられて気持ちよさそうに目を細めているポカブ。これは通訳しなくても伝わっているだろう。ポカブが落ち着いたのを見計らい、チェレンがツタージャをボールに戻して立ち上がった。

「…それじゃあ、リサも来たことだし。ベル、やるんだろ?」
「もっちろん!」

気合十分ということを全身で示して、ベルも飛び跳ねるようにして立ちあがる。一体今から何が始まるのだろうか。わたしと琳太は顔を見合せ、揃って首を傾げたのであった。





back/しおりを挟む
- ナノ -