罪魁は誰‐07 

泰奈はポケットから携帯電話のようなものを取り出した。
彼女がそれをカパリと開くと、横から透明なフィルターのようなものがウィーン、と飛び出す。


「えっと、これはライブキャスターといって、携帯できる、テレビ電話みたいな、ものです」


わたしの視線に気づいたらしい泰奈が、それをぽちぽち弄りながら解説してくれた。
なんだ、ゆっくり話せばどもらないのかな。
どうやらこの世界は、あの洞窟(チャンピオンロード、だったっけ)のような自然が残っているわりに、わたしのいた世界よりも随分とハイテク化しているらしい。

テレビ電話、という馴染みのある単語に安心感を覚えつつも、自分がココではイレギュラーな存在なのだと、改めて自覚させられた。
ワンコールでレスポンスがあったらしく、ぷちっという音がコール音を遮った。


「ほわわ、つながった!た、龍卉さん?」
《んー…なーんだ泰奈かぁ。早くね?もういいの?》


フィルターはモニターの役目を果たすらしい。
泰奈がたつき、と呼んだのは、緑色の髪をした、中性的な顔立ちの少年だった。彼の顔が見えたその瞬間、息が詰まった。身体が呼吸を忘れたと錯覚するくらいだった。

緑の髪は泰奈よりもビビッドで、生い茂った大樹の葉の色。毒々しい紫色の入れ墨は、彼に反発することなく存在感を主張している。
そして。そして、何よりも印象的なのは…その瞳。鮮烈なまでにわたしの視界に焼き付いた双眸。思わず食い入るようにモニターを見つめてしまう。
だって、彼はわたしと…


《誰そいつ》


不機嫌そうな声が彼の口からこぼれる。
わたしの視線を受け、不快感全開の顔をしている龍卉さん。それもそうだ。初対面だというのに挨拶もせず、食い入るように顔をじろじろと見られては、誰だっていい気はしないだろう。かなり失礼なことをしてしまった、と内心後悔する。すみません、の意を込めて小さく会釈をしたが、彼がそうしてくれることはなかった。視線すら、合うことがなかった。


「わわ、えーと…ワタシもよく、わ、わからないのですが……」
《……》


彼は、口をへの字に曲げ、泰奈を画面越しに見下すという、なんとも器用なことをやっている。

「…は、話すと長いので……ととととりあえず迎えに来てもらってもいいですか?」
《あーはいはい。5分以内に行くから》


首洗って待ってな、というぐらいの勢いで、龍卉さんの姿がライブキャスターから消えた。
向こうが先に電話を切ったらしい。
泰奈は電源の落ちてしまった画面に向かってペコリと会釈をしてから、それをポケットに仕舞った。


これからどうなるんだろ?頭の中で、モノズくんに問いかけながらアホ毛を撫でた。ぴょこんと飛び出たそれが気になって、先ほどからずっと撫でつけるように触っているのだが、一向に直る気配がない。嫌がられないのをいいことに、飽きもせず、撫でつけては跳ねて、の繰り返し。それが妙に楽しくなってしまった。モノズくんは何も言わず、ただ喉を鳴らしながら首を傾げるだけだった。



龍卉さん…とやらが迎えに来るのを待つ間に、わたしは泰奈から少しでもこの世界のことを知ることにした。人間、適応力って大切だと思うんだ。


「あの、チャンピオンロードって、どういうところなの?」
「えっと…各地で、ジムリーダーと、ポケモンバトルをして、バッジを全て集めた人だけが、入れるところ、です」
「ポケモンバトル…うん、それくらいはなんとなくわかる…ような」


先ほどのモノズくんのすごいビームを思い返す。

各地でバッジを集める、となると大変なことなのだろう。そして各地を回った強者たちだけが入るのを許される場所。チャンピオンロードというくらいなのだから、きっとここまで来るのはとても難しいはずだ。自分が落ちてきた崖を見上げて、ふ、と息が漏れた。この先の洞窟も険しいところがたくさんあるのだろう、と考えたところで、それ以上考えるのはやめにした。あの男が脳裏をよぎったからだ。何故か気になってしまって、いけない、と小さく首を振って記憶を振り払う。考えたら、ダメだ。追いかけてくるかもしれない。あの男がいなくても、ここはきっと危ない場所なのだろうというのに。
…ということは。
わたしはとんでもないところに落ちてしまったのではないか。

そう尋ねると、泰奈は大きくうなずいた。


「リサさんは運がよかったんですよ。たたたただでさえそこらじゅうに野生のポケモンが現れるっていうのに…。普通はワタシたちポケモンがいないとすっごく、すっごく、危ない、場所ばっかりなんですよ、あわわ恐ろしい…」
「あー…やっぱりモノズくんに会えて良かった…!……ん?ワタシたち…?」


ワタシたちポケモンが、と彼女は言った?
泰奈はそんなわたしの疑問に気づかず、わたしの言葉の前半部分に同調している。


「そうですよ!普通こんなところを出歩くならポケモンの一匹や二匹…」
「……泰奈…ポケモン、なの!?」

「……わわ、そうですよワタシポケモンですよ!」


驚き。
にわかにはとてもとても信じられない事実。
でも、これでさっきの泰奈の超能力も納得がいく。

ポケモンって同じ種類のがたくさんいるんだ…よね。野生の泰奈が現れる場所とかが、あるんだろうか。
同じ顔、同じ口調の子がいっぱい……!?みんな敬語で、みんな超能力が使えて。
みんな淡い緑色の髪に胡桃色の瞳。かわいいけど、でも、でも…!

今、目を白黒させて混乱しているんじゃなかろうかわたし。
その証拠に、泰奈はわたしの顔を見て少し、焦った様子を見せた。


「“泰奈”はポケモンの名前じゃなくて、おかあさまが、付けてくれた、ワタシの、名前、ですっ」
「え?」


意味がわからない。泰奈はポケモンで。
でも泰奈はポケモンの名前じゃなくて彼女の名前。
それじゃ彼女はポケモンではないのでは、となると、これが矛盾を呼ぶ。


「えっ…と…、ニックネーム、みたいな、ものです…?」


ちょっと違いますね…と呟き、泰奈は微笑したまま再び口を開いた。


「わわ、ワタシは確かにポケモンですが、ポケモンだって、人に、なれるんで、す!」
「……?それってどういう意味な…」


しかしそこで突如、上空から綺麗な歌声のようなものが聴こえてきた。
腕の中のモノズくんが身動ぎして、顔をあげた。

砂混じりのつむじ風に、わたしと泰奈の髪がふわふわともてあそばれる。
モノズくんの視線の先をたどり、見上げた。


「…え、…うっそ、」


影が差したかと思うと、2人の目の前に、新緑の龍が降り立った。
同時に歌声のようなものとつむじ風がパタリと凪ぐ。
菱形の大きくたくましい翼を2、3度羽ばたかせてからフワア、と伸びをしている緑龍。


目の周りが赤いゴーグルのようなもので覆われているが、砂避けだろうか。
ピョイ、と時折動く尻尾は新緑と深緑のボーダーに、黒と紫のアクセント。
背丈はわたしの身長の軽く1.5倍はあるだろう。もしかしたら2倍くらいあるかもしれない。

降り立った緑龍をまじまじと見つめる。
すごい、きれい、カッコいい。いろいろと言いたいことが有りすぎて、逆に言葉が出てこない。
呆然と立ち尽くしていると、頭上から呆れた色を隠そうともしないアルトが降ってきた。


『で、来てやったけど。え?何コイツも乗せるの?』


一瞬こちらを向いて、少し顔をしかめた緑龍。その態度に、なんとなく既視感を覚える。


「はい!よよ、よろしくです」


泰奈がうなずいてお願いすると、緑龍はまじまじとわたしの顔を覗き込んできた。
なんだか居心地は悪いけど、さっきわたしが龍卉さんにやったことなんだし、文句は言えない。わたしも負けじと見つめてみた。見上げる状態だから、首がかなり痛いけど。


『あんまり乗り気じゃないけど……ふーん…』

「……」


すごくきれいな、一切無駄のない流線形の身体。
わたしを見つめる瞳は鋭くて、うつむきそうになるのを、ぐっとモノズくんを抱きしめることでこらえた。モノズくんはもう寝てるんだけど。


「かっこいいなぁ…」

『……!!…な、何言ってんのさ!は、やく乗れってばッ!』


思わず漏れてしまったわたしの言葉に照れたのか、心なしか頬を赤らめているように見える龍。そわそわと落ち着きなく揺れる尾が可愛い。
にらめっこは終わりだ。泰奈と目を合わせて笑った。

『はやく乗れえぇえ!』

うーん、とモノズくんが腕の中で寝返りをうった。

 
 

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