罪魁は誰‐08 

「ひぎゃあああぁあ!!」
『あっはー。どう?空の旅』
「さいあくううぅう!!」
『あっはーもっと楽しんでいーよ?』


龍が赤面したのを笑った代償は、大きかった。
ごめんなさいほんとにすみませんでした。今なら全力でスライディング土下座できる気がするよすみませんでした。楽しんで、がどうしても「苦しんで」にしか聞こえてこない。
ジェットコースターにでさえ乗れないのに、いきなり三段飛ばしでレベルアップして超高速飛行だなんて。しかも命綱はなく、生身で体験するとは、まさに生き地獄。
…何で泰奈は動じないの。


「泰奈あああ」
「わわ、リサさん、だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫だったら医者は要らないいいい」


目の前の華奢で細っこい背中に必死にしがみつく。
頼れるのは泰奈だけ。しかし彼女の身体は柔らかくて華奢だ。変態的な意味で思ったわけではない。しがみつくのが申し訳ないと思ったのだ。


『あ、そういえば』


ピタリと一瞬、緑龍が空中で動きを止めた。
慣性の法則よろしくわたしと泰奈は前につんのめる。


「ど、どうされました?」
『…いや、なんでコイツは俺と話せるんだろーなー、と』
「え?」


尻尾でわたしの背中を後ろから小突く。いきなりのことに背筋がぞわわっとむず痒くなって、より一層泰奈にしがみつく形になってしまった。彼女が苦しそうな声を上げて、私が慌てて謝りながら腕を緩めたのを皮切りに、ゆったりと飛行を開始した緑龍。上昇気流に乗ったのか、ほとんど翼を動かしていなくても落ちることはないようだ。
なんだ、こんなにゆっくり飛べるのなら最初からそうしてくれたらよかったのに。
文句を言える立場ではないけれど、恨み言のひとつやふたつ、言いたくもなる。


『わ、ワタシも考えてはみ、みたんですが……』
『マスターは当たり前。きんぱっつんはマジで偶然。なら、偶然がもう一度?そりゃいくらなんでもって感じだし?喋れるの変じゃね?ナニコイツ』
「へ、変って…喋れるドラゴンの方がよっぽど変でしょ!」
『いやアンタがおかしいの』


やれやれといった様子で首を左右に振る緑龍。
人を小馬鹿にしたように……!なんか言ってやってよ泰奈!


「え、とっリサさんは、もしかしたら、その……アレ、なんじゃ、でも、それっぽくは、ないです…」
『んーだよなぁ……まあ、いいや』
「そそ、そうですよね。リサさんがどうであろうと、そんなことで、ワタシたちはリサさんのことをどうこうしようなんて、思ってない、です」
「は、はぁ……」


なんか頭上で会話されてる気がする。置いていかれた。
とりあえず味方してくれたみたいなので、曖昧に笑ってうなずいておくことにする。
何か会話に加わる糸口はないか、と無い頭を必死に使って考えていると、ひとつ、心に引っ掛かるものが。この会話に関係するかはわからないけれど。でも、今訊いておかないといけない気がする。


「あのー、ちょっといい?」
「わわ、どうぞ?」
「さっきの緑の子、龍卉さん、だっけ?その人とすれ違ったりしてない?」
「龍卉はボクだけど」


一瞬、緑龍が何を言っているのかわからなかった。彼は今、「ボク」が、「龍卉」と言った?
頭が追い付かなくて、困惑した視線を泰奈に向ける。背中越しでもわたしが混乱しているのを察してくれた泰奈が、ちょっとだけ振り返って、困ったような微笑みを見せた。察しの良い彼女はもしかするとエスパーなのでは、という考えが脳裏をよぎる。

「わ、ワタシ、さっきポケモンだって言いました…した、よね?」
「うん、言ってたね…ちょっと信じがたいけど」

そういえば。あんまりその件については納得できていないが、彼女がわたしを信じると言ってくれたのだから、わたしも彼女を信じたいとは思っている。それでもやっぱり、受け入れられないでいるのだけれど。
わたしがうなずきを返すと、彼女は逡巡したのち、再び口を開いた。


「ポケモンは、ある特定の条件と、コツさえ掴めば、簡単に、ぎ、擬人化できるんで、す」
「擬人化…?」

擬人化。聞き慣れない言葉だ。
擬人法、なら比喩の一種として国語で習うけど。


『泰奈、見せちゃいなよ。アンタが原型に戻った方が、こっちとしても軽いから楽だし?』
「そ、そうですね。…リサさん、見てて、くださいね」


言うが早いか、淡い緑色の光が泰奈を包んだ。驚いたわたしのめは、これ以上ないくらいに見開かれていて。まばたきをもったいないと思った。飛行中で、いつもより目が乾いてしまうのにも構わず、じっと見ていると、みるみる泰奈だったそれは小さくなっていく。

「……!?」

そしてやがて、腕の中にそれは収まった。
ぷにっとした淡いマスカットゼリーのような身体に、つぶらな黒い目をしたものが、見上げてにこりと微笑みかけてくる。抱えているわたしの手が、彼女を包む膜の向こう側に、うっすらと見える。彼女、そう。この手の中にいるのは、泰奈だ。


「かっ…わいいい!」
『わわわリサさんっ!?』


たまらなくなってぎゅうっと抱きしめた。声は泰奈そのものだ。
本当に、このゼリーのようなものは、泰奈なんだ。


『こ、…これが、ワタシの本来の姿ですっ』
「へぇー…」

ポケモンってすごいなあ。人にも、なれるんだ。
ぷにぷにぷにぷに。触り心地は最高だ。ほどよい弾力で、思わず断りもなく堪能してしまっている。
しかし、泰奈という支えを失ったことにほどなくして気づいたので、慌てて竜の背中にしがみついた。落ちてしまっては元も子もない。


『で、わかった?』
「何が?……ってもしかして、あなたが」
『そう、さっきも言ったけど、ボクが龍卉。種族はフライゴン』
『ワタシはダブランの泰奈ですっ』

自己紹介をする流れだったので、それに乗って女子高生だと言っておく。ジョシコーセー?と2人とも怪訝そうに呟いたので、向こうでのわたしの肩書きみたいなものだよ、と言っておいた。
これでわたしの疑問は解決した。龍卉さんはちゃんと迎えに来てくれていたんだ。風を気持ちいいと感じている自分がいて、大きく深呼吸をした。見上げた空は遠く澄んでいるのに、うっすらとした雲がそれを遮るように漂っていて、わくわくと寂しさとが、ぐるぐると渦巻いていた。


 02.罪魁は誰 Fin.

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