the Noah's ark‐05 

ポケモンが人の姿をとるというだけでも意外だというのに、ポケモンと人間の間に子供が生まれるだなんて。
ただ、泰奈の口ぶりからして、あいのこというのは、さほど多くはなさそうだと感じた。

「わたしみたいな、その…ハーフみたいなのって結構いるの?」

わたしがその質問をぶつけたとたん、2人の顔から笑みが消えた。
ああ、やっぱり。わたしのためにあの世界で育ってもらった、というのは、わたしがこの世界においても異質だからということに他ならないのだろう。

「…たくさんいるかもしれないし、そんなにいないかもしれない。わからない」
「自分がハーフだと名乗る人は、まずいないわ」

一瞬苦々しい顔をして投げやりな回答をしたお父さん。眉を垂らして困った様子のお母さん。ハーフというのは、特異な存在で、自分から進んでそれだと名乗る者はまずいないのだという。白い目で見られることが、少なくないのだろう。
お父さんはポケモンだから、ポケモンが存在しないあっちの世界では生きづらく、負担がかかるので、一緒にいられなかったとのことだった。

擬人化をするのにはいろいろと条件があるのだというが、エネルギーを必要とするため、いつも擬人化した状態というわけにはいかないというのだ。だから、生まれたてのポケモンや、重度の傷を負ったポケモンたちは、擬人化することができないのだという。

ハーフが差別されているという事実は重たく心に残るものだったが、泰奈たちが、先にわたしに救いの言葉、励ましの言葉を残してくれていたことが、その事実を真綿で優しく包み込んでくれるかのようだった。

「リサ。あなたを不気味だなんて、わたしたちは一度も思ったことはないし、産まれてきてくれて本当に感謝してるの」
「大切にしたい、守りたいと、思っている。それだけはわかってほしい」
「うん」

人間だと思って生きてきたし、それを疑ったことは一度だってなかった。不思議な力が使えるだなんて、絵空事だった。自分がハーフだと知ったのは、たった今だから、まだどうしたらいいかわからない。けれど、ひとつだけ決めた。決めたの。
この世界を知りたい。
自分がハーフだというのは“わかる”。でも、何でハーフが差別されるのかは“わからない”。世界のことが“わからない”。

「…しばらくは家でゆっくりして、こちらの世界に慣れるといい。積もる話もある」
「それから旅をするかどうかはあなたが決めるといいわ」
「…旅?」

この世界では、10歳になるとポケモンを連れて一人旅ができる。泰奈たちから説明を受けた、ジムという施設を巡ったり、単に観光のためだったり。
ちょっとした留学制度みたいなものかな、と思っている。旅をするだけでも、十分に成長できるはず。
渋々、本当に渋々といったふうに、お父さんはお母さんの言葉を認めてうなずいた。お母さんはニコニコしたままだったけれど。

「旅って色々なことが学べるのよ。いいと思うわ」
「旅に出たことあるの?」
「ないわ」
「……そう」

てっきりお母さんも旅をしたことがあるのかと思った。
…あ、そうそう。もうひとりから、旅に出る許可をもらっていない。

「琳太は、どうする?」
『リサと行く!』
「だろうと思った!よろしくね」
『ん!』

この世界でのわたしは、とても肩身の狭い存在かもしれない。でも、お母さんとお父さんと、琳太がいる。あとは、世界が“わかる”ようになってから考えればいいこと。
旅なんかもちろんしたことはないけれど、琳太がいるならなんとかなるかなあ、とか。漠然と考えているわたしがいた。

「だが、いきなり旅に出るというのはいただけないな」

お父さんの言う通りだ。わたしは右も左もわからないひよっこ。この世界で生きてきたわたしよりずっと年下のこどもたちよりも、この世界の勝手がわかるはずもない。
それに、せっかく会えたお母さんととお父さんとすぐに離れてしまうのは、とてももったいない気がした。琳太のことだって、もっと知りたい。一緒に生活して、お互いのことを知って、わかりあえたら。そうしたら、世界のことも、もっともっと知りたいって思えるはず。

「うん、わたし、まずは勉強しないといけない…みたい」
「そうね。…あ、そうだ。まだ棚に仕舞ったままよね」

お母さんが立ち上がって、リビングを出ていった。何を取りに行ったんだろうと思っていると、階段を上る音がした。2階も、もともと暮らしていた家と同じ内装なのだろうか。わたしの部屋、ちゃんとあるのかな。あとで行ってみよう。

「ねえ、土地勘がないって、あんまりこの町から出ないってこと?」
「いや、そういうわけじゃない。お前が生まれて1年ほどしてから、この地方に引っ越したんだ。そのあとすぐにお前たちは他の世界へ行ったわけだがな」

そっか、だから土地勘がないんだ。引っ越したのは、街の治安が悪かったからだ、とだけ答えられた。
前の地方はどんなところだったのかと尋ねると、お父さんはもうひとつ地図を出して、イッシュ地方のそれの上に広げた。
見たことのある形に思わず笑ってしまって、お父さんが怪訝な顔をする。お父さんにそう伝えると、どこかであちらとこちらは少なからず繋がっているのだろうとのことだった。わたしもそう思う。じゃなきゃわたしは世界を渡れなかっただろうし、ポケモンがゲームとしてあちらの世界に存在していたはずもない。

「これがシンオウ地方だ。年中冷たい風が吹く、積雪地帯がほとんどで、俺たちがいたのはこの街だ」
「へえ…」

なるほど、あの形だというだけあって、やはり寒い地方なのだ。大陸の中心にある高い山は、地図上でも雲に覆われていて頂上が見えない。それだけ高い山なのだろう。あるいは、登山するのが困難なのだろうか。こんなに寒そうな雪山だから、無理もない。

階段をとんとんと降りてくる音がドア越しに聞こえてきて、お母さんが戻ってきたことを伝えた。




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