罪魁は誰‐04 

ところで、あの変質者みたいな人は、果たしてひとりなのだろうか。仲間がいたりしたら、どうしよう。それに、もしかしてこのモノズくんの他にも、奇想天外摩訶不思議な生物がうじゃうじゃいるんじゃなかろうか。
角の生えたうさぎとか、毛の生えた亀とかがいたらどうしよう、シュールすぎる。ありえないけど、ここならいそうだ。

もう、ここがわたしの生きていた世界でないということは身に染みている。それならば、まずやるべきことは何だろうか。

「…やば、」

いてもたってもいられない。ここは危険すぎる。安全な時が訪れたからといって、それがずっと続くとは限らない。それに、そろそろ太陽が恋しい。少しでも明るさがあるのだとしたら、ちゃんとこの世界にも太陽のようなものがあるはずだ。ここを、出よう。

迷わずモノズくんを抱き上げて、首に巻いていたタオルでその青い身体を優しく包んだ。
そしてショルダーバッグへと、ゆりかごよろしく入れる。ショルダーバッグのチャックは半分だけ開けておいた。顔だけがひょこん、と出るように。これで窮屈な思いはしないはず。

我が相棒をもう一度起こす。さっきから倒れっぱなしだが、やはり今回も壊れてはいなかった。土埃まみれでもとの色があまりわからないけれど、本当に頑丈だ。先ほどのモノズくんのビームの余波などは受けなかったらしい。もしかしたらわたしより損傷が少ないんじゃなかろうか。そう考えると少し理不尽な気もした。

教科書やら水筒やらのかさばるものは、バックの中にあった袋にまとめて入れ、自転車のかごに置く。

モノズくんはぐったりしているものの、ただの睡眠のような規則的な寝息は、何より安心できるものだった。
バッグごと抱き締めてそっと囁いた。ありがとう、と。見ず知らずのわたしを助けてくれて。…出会ってくれて、ありがとう。


出口はあるのか。そんな不安はあるものの、進まなければ始まらない。
…この世界に洞窟しかなかったら、洞窟が世界だったらどうしよう、とは思ったけれど。日の光があること、外の世界があることは、きっと間違いないことだ。とにかく出てみよう。

「何もしないよりましだよね」

サドルに座り、ショルダーバッグを自分の前へと提げるかたちにする。これでモノズくんの様子がいつでも確認できるから。
そこでふと頭にひっかかることがあった。彼は、さきほど出会ったばかりの時に、ここに住んでいると言った。良いのだろうか、連れ出しても。
意見をうかがいたいところだが、あいにくモノズくんはすやすや寝ている。起こしてしまうことはとても気が引ける。ケガをしているし、きっとあのビームを出したことでとても疲れているだろうから。

それに、このまま放っておいたらきっと他の生き物に襲われてしまう。何よりそれが心配だ。おまけに、わたしは彼に二度と会いたくない。あの言葉の続きは本当にに危ない内容だと思うんだ。一生癒えない傷を、とか愉しそうに言ってのけるだけでも十分に危険だというのに。

考え込んでいたせいで、足が止まっていた。いけないいけない。立ち止まっている場合ではないのだ。もやもやを振り払うように、首を振った。振動が伝わったのか、かすかにモノズくんが身じろぎをする。心の中で彼に謝ってから、起こさないようにそっと自転車に跨った。

「…いくぞー!」

決めた。連れていく。ついていく、と言ってくれた言葉を信じたい。『おー!』という返答が欲しかったが、それはまあ、仕方ない。

それからは黙って自転車を漕ぎ出した。
暗く、でこぼこの道に、キイコキイコという少し錆びた自転車を漕ぐ時の独特の音が響く。この音で何かが飛び出しては来ないかと、はじめのうちはびくびくしていた。しかし、それは杞憂に終わる。人っ子ひとり出てこないし、その気配すらない。時々自分が立てる音以外で響くのは、水の音だけ。とても静かで、今度はその静寂が怖くなってきた。早く、早く。明るさが恋しくてたまらない。はやる心に背中を押されて、自転車を漕ぐスピードが上がる。

でこぼこな悪路のせいか、なかなか前に進まない気がしてならない。息が切れてきたところに、タイミング悪く上り坂が現れた。大きくため息をついて、それから自分を叱咤する。進まなきゃ。

自転車を押して坂道を上り、再びまたがる。この先はしばらく平坦な道のようだ。心なしか、道が段々と明るくなってきているような気がして、太ももから疲労感が少し逃げて行った。

角を曲がったところで、それは確信に変わった。ぽっかりと開いた穴から、まぶしい光があふれんばかりに差し込んでいる。出口だ。




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