傍にいたくて…


冗談でもそんなこと言わないでほしい。いつだって臣ちゃんはそうやって私を惑わす。そんな気はさらさらない癖に。そして私も毎度馬鹿みたいに本気にしたくなるなんて。


「なんかあったの?」
「まぁ…。いつもの。」
「なに考えてるのかわかんないって?」
「…そ。なんでそんなこと言われるんだろ俺。(名前)はいつでも俺を分かってくれてんのに。」


悲しげな表情をする臣ちゃんに悔しいながらもきゅんとする。私は一度だって臣ちゃんにそんな悲しい顔をさせたことはないのに。でも私の方が臣ちゃんを分かっているって言いたい。みんな歴代の彼女がどうだったのかなんて知りやしないけど、絶対にどの彼女よりも私が一番臣ちゃんを理解しているって言えたら臣ちゃんは私を一番隣にいさせてくれるのだろうか…。


「臣ちゃん、」
「(名前)今夜うち来ない?」
「…――――え?」
「マジで俺、(名前)のこと…。また帰りに迎えに来るな。」


ポンポンって臣ちゃんの手が私を撫でて離れていく。スパイシーな香水はまだ私の身体にまとわりついていて離れない。足も動かなくて、脳も停止しそう…。

彼女と危なかったことなんてよくよくあって、だけど今みたいに部屋に誘われたなんてこと初めてだった。震える手で口元を押さえて椅子に座り込む。…どうしよう。なにがどうだなんて分からない。でもこの感情、嬉しいのか困ったのか…。隆二に相談した方がいい?でもそしたらきっと止められる。そもそもまだ彼女と別れてはいないよね?

無駄に心臓がバクバクしちゃってて、定時で臣ちゃんが迎えにくるまで全く仕事が手につかなかった。結局隆二に連絡なんてしていなくって。現場に出ているからとうてい定時に帰ってくることはないからだって自分で分かっている。だけど、息を切らして帰ってきた壱馬くんの姿に、初めて今日彼を私の家に招いたことを思い出したんだ。


「(名前)さん、あの少しだけ待って貰えますか?そっこー着替えるんで!」


笑顔でそう言う壱馬くんの腕を掴んで小さく呟いた。


「…ごめんね、今日用事できちゃった。」
「…え、あ、そうなんですか。分かりました。また誘ってもいいですか?」
「…うん。」


走って臣ちゃんの所に行く私を壱馬くんに見られているなんて知りもしない――――。

- 5 -


[*前] | [次#]