おまじない


「壱馬くん!」
「大丈夫ですか?」
「え?」
「ココ。」



トントンって自分の胸を叩く壱馬くんに私は小さく頷いた。昨日その胸で泣いた事をふと思い出して思わず顔を逸らす。やだな私ってば。そっと壱馬くんの胸に手を添えると、「え、」動揺した低音がして。



「なんかスポーツしてる?」
「え?スポーツ?」
「うん。結構分厚い、よね?ココ。」



壱馬くんの胸をトンっと叩く。フッて微笑むと私の前髪をクシャって触る。



「7年間空手やっててん。あとは軽くダンスも。たまーにジム行って身体動かす程度かなぁ。あ、土曜日さ、一緒出掛けへん?家にこもってるんやろ、(名前)さんどーせ。買い物でもなんでも付き合うで。な?」
「どーせって、そうだけど。」
「ほな、決まり。今夜決めよ、明日のデート!」
「…デート。」
「そう、デート。ええやろ、」
「…うん。大丈夫、ありがとう。」



これ以上話してたらなんか変な気分になりそうで。直球を投げてくる壱馬くんに、恥ずかしながら嬉しくて、でも素直になりきれない自分もいて。冷静になると壱馬くんを年齢だけで見てしまいそうで、今はこのあやふやな関係でいてもいいかも、なんて調子のいいことを思っていた。



「なんかあったらLINEして。」
「もう。」
「おまじない、してあげる。」



だけど次の瞬間、ふわりと壱馬くんの手が私の両頬を包んだ。へ?なに?真っ直ぐに視線を合わせられて。



「俺が戻るまで負けんなや。」



…言葉にならない気持ちがあるとしたら、コレなんじゃないだろうか。でも素直じゃない私は、壱馬くん相手に胸がドキドキする自分に、気づかないフリをした。



「(名前)、飯行かねぇ?」



お昼前、デスクに向かっていた私の肩をポンと叩く臣ちゃん。壱馬くんのおまじないのお陰で臣ちゃんと会っても普通に過ごせていたけど、お昼ってことは、話があるってことだよね?どうしよう。



「うん。」
「んじゃ行こ。」



ちょっと強引に私の腕を取る臣ちゃんの後をついていった。



「昨日はごめん。」
「気にしてないから。臣ちゃんも気にしないで。今まで通り、仲良くしてよね?」



コトっと手を握る臣ちゃんにドキッとする。



「臣ちゃん?」
「(名前)はそれでいいの?」
「え?」
「俺、言ったよね?本気で(名前)のことって。」



言われて嬉しいはずの言葉が、どうしてか胸に刺さって痛い。心が揺れる。壱馬くんの笑顔に逢いたくなった。

- 13 -


[*前] | [次#]