大人の男 

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【said 朝海】

目が覚めると大樹ちゃんの部屋だった。

一緒に寝たはずの大樹ちゃんの姿はそこにはなくて、メモ起きで仕事に行ったことが確認できた。

相変わらず真面目だな、大樹ちゃん。

本気じゃないなら手は出さないって、一緒に寝たことは何度もあるけど、キス一つしてこない。

亜嵐くんとは大違い。

鍵返しに行かなきゃ。哲也さん、今日いるよね。ご飯ぐらい行けるかな…

淡い期待を持ちつつシャワーを浴びて準備をすると、夕方鍵を持って映画館へと顔を出した。

ボックスにはまだおぼつかない様子のしょごくんがチケットを販売していて、それをしばらく見ていた。

お客さんがはけたあとあたしに気づいてちょっと吃驚した顔でペコっと頭を下げた。

セクション違うけどあたしのこと覚えてくれたんだってちょっと嬉しい。

コンセをチラっと見ると新人のくせに声張ってる陸が可笑しい。

まるで歌うようにポップコーン美味しいですよー!なんて言ってる。

シネマ入口は臣ちゃんパイセンからマイクを受け取った北ちゃんがガタガタ震えながらアナウンスを開始した。

ぶは、声震えてる。

こんな人少ないのに緊張するんだねぇ。

かじゅまなんて新人オーラなんて最初からなかったぐらい堂々とアナウンスしていたのに。

クスって軽く笑うと、「朝海?」あたしを呼ぶ愛おしい声。

振り返ると哲也さんがこっちを見ている。


「来てたの?」

「うん。大樹ちゃんに鍵渡しに。」


ちょっとぐらいヤキモチ妬いてくれたり、「具合悪かった?」しないよね。

体調が悪い時に大樹ちゃんの所に行ってるあたしを知ってて知らんぷりしている哲也さんはずるい大人。

あたしの好きな、ずるい大人の男。

あたしと大樹ちゃんに何かあったとしても痛くも痒くもない、そーいう人。


「うんでも寝たら治った。」

「そっか、よかった。じゃあ変わりにこれ、あげるよ。」


そう言ってあたしの手の平に落とした車のキー。

哲也さんはいつもあたしにこの鍵を渡してくれる。

途端に嬉しくなって「うん。」まるで尻尾を振った犬、みたいに思うかもしれないけど、それでもいいと思える。

人には分からない、あたしの気持ちなんて。

そして堂々としていたら、人は特段疑うこともないということ。

鍵を受け取ったあたし達の横をカミケンが通り過ぎた。

シフトあがりだったのか、オフィスに入っていく。

今日はやましょー一緒じゃないの?いつもペアなのに。


「あの、」

「え?」


ロビーの椅子に座っていたあたしに声をかけたのはさっきのカミケン。


「あの、自分が口出す事じゃないかもですけど、やめたほうがいいと思う。」


…なんの事?なにいってんの?眉間に皺を寄せてカミケンを見上げた。


「あの人、彼女いますよね?その鍵、あの人の車の鍵、ですよね?」


こいつ、見てたの?腹立つ。


「あんたには関係ない。」

「そうですけど、でも、傷つくのは立花さんの方。」

「だから関係ない。」

「でも、よくない、」

「煩いなっ!あたしのこと受け止める勇気もないくせに偉そうに言わないでよっ!大嫌い、仕事のできない男も、女に説教する男も、大嫌い!」


立ち上がって思いの丈を吐き出した。

カミケン越しにみんながこっちを見ている。

最悪。

そのままシネマ入口にすたすた歩いて臣ちゃんパイセンに大樹ちゃん家の鍵を手渡す。


「大樹ちゃんに渡してください。」

「はいよ。」


素直に受け取ってくれた臣ちゃんパイセンは、クシャっとあたしの前髪を優しく撫でた。

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