短編 | ナノ
愛に奇術師 [1/1]














嬉々と語るな、種を明かすな。

今日も君は、オレの掌の上。
























愛に奇術師












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時は西暦19XX年、ヨーロッパ。

レンガ造りの壁と壁に挟まれた、狭い路地裏の一角で。今日もそれは始まった。






「よく見てて。こっちに一つ隠すと……さぁ一体どこにあるでしょう?」






花柄のブローチを右掌に収め、もう片方の手でも同様に握り拳を作ってみせる。

そんなオレはしがない奇術師。人をあっと言わせるのが生業(なりわい)だ。






だがオレは他の誰よりも、夢中にさせたい人がいる。






『うーんと、うーんとね……』






右へ左へと首を捻っては、目の前にある拳双方を見比べるこの少女。



nameは散々頭を悩ませてから、ひらめいたように右の拳を指し示した。






『やっぱりこっち!右手にしまったんだから絶対こっちにある!』

「そう?じゃあほら、正解は……」






そうやってオレの右の手に釘付けになっているnameを、予想通りのリアクションが襲う。






『え〜!?』

「残念、実は左手でした。」

『あーもう、また騙されたぁ!でもやっぱりすごいすごい!ねぇイタチ、もう一回!もう一回して?』

「それはできない。」

『えー何で?次は絶対間違えないからぁ!』

「はは、そんな二度も同じことをしたら飽きるだろう?それよりほら、次は別のマジックを見せてあげるから。」

『えーほんと?やってやって!』






そうして早くも別の話題に飛び付き、大はしゃぎなnameに頬が緩む。






……反面、オレは君を恐れてるんだ。

君にこのトリックが明かされるのを何よりも恐れている。






『わぁ、すごい!何で何でぇ?どうやるのイタチぃ?』

「教えない。」

『えー、ケチぃ!』






何故なら君の両目がオレに向けられているのは、この奇術のおかげに他ならないから。






仮にもしここでトリックが明かされてしまえば、きっと君は冷めてしまう。

さながら魔法が解けてしまうかのように……途端に君はオレに冷め飽き、見向きもしなくなってしまう。



だからオレは、こんな子供騙しな種明かしすらもひた隠す。彼女の興味を引き続けるために。






『ねぇねぇ、イタチは何でこんなところでマジックをやってるの?どうせやるならもっと大勢の人の前でやればいいのに。』






心底不思議で堪らないのか、nameはその無垢でつぶらな瞳をオレにぶつけてきた。

答えを口に出すより先に、まずその瞳の訴えに応えるよう、オレもジッと見つめ返す。






(……こんな陳腐なショーに引き付けられるのは、君くらいなものだろうな。)






いや。むしろ君の目だけに留まるよう、オレはこの程度の低いマジックをただひたすらに繰り返しているとも言える。







「……見せたくないんだ。」

『えー?何で?みんなに見せたらもっとびっくりするよ?』

「いや、違う。」






見せたくないんだ、君のその表情を。

他の奴らに見られたくない。






―『うーんと、うーんとぉ……ねぇイタチ、どっちどっち?』―






誰も知らないその表情。

オレにしか作り出せない、その悩ましい表情。



右へ左へと惑う君が、こんなにも愛しくてたまらない。






『じゃあさじゃあさ!イタチは占いってできる?』

「占い……?何か占って欲しいの?」

『うん。アタシね、将来マーくんのお嫁さんになりたいの。』






―――ピシッと。瞬間、自分でも分かりやすいくらいに笑みが消え失せた。

と同時に、自分の中の感情が途端に冷えていくのを感じる。






「……ふーん、そう。nameはマーくんが好きなんだ?」

『うん、マーくんにはナイショだけどね。だからマーくんと結婚できるか占って?』






無邪気、期待。何も知らないその清らかな眼差しが、何の疑いもなくオレへと向けられる。



もちろんオレは占ってあげた。出来もしない占いを、形だけ。






「うん、間違いない。nameは将来素敵なお嫁さんになってるよ。」

『ほんとに?やったぁ!』






その相手がマーくんかどうかは知らないけど。

そんな心の声が呟く間にも、nameは占いの結果にぴょんぴょんと跳ね回る始末。






『よかったぁ〜、イタチが言うなら絶対だよね!絶対マーくんと結婚できるよね!』

「…………。」






―――罪悪感なんてない。ただただ、嫉妬だけ。

君のいたいけな心を独占している奴が、例え子供相手だろうと許せない自分がいる。






「……じゃあほら。これ、おまじない。」






その様子を直視できなくて、早く消し去りたくて。

そう言ってオレはしゃがみ込み、先程使っていた小道具でもあるブローチを、その胸元につけてやる。






同じ目線になったnameを見つめ……その小さな拳を握りしめ、祈りを捧げる。







「nameが将来素敵な恋を実らせますように。」

『……!ありがとう、イタチ…っ!』






本当に、君は単純だ。

誰もマーくんとのことなんか望んじゃいないのに。






だからこそオレは、君を欺き続ける。

その満開に咲く笑顔を、いつかオレのものにするために。






―『何で何でぇ?どうやるのイタチぃ?』―






それでもいつかは必ず訪れる。このトリックが見破られ、彼女の気持ちが離れる時が。






―『イタチは何でこんなところでマジックをやってるの?』―






そうなる前に、nameとこの愛を成立させれば、オレの勝ちだ。






―――君が大人になる、その日まで。





『ねぇやってイタチ!あたしイタチのマジックショーだぁいすき!』

「……オレもnameが大好きだよ。」






……あぁ、今日も捕らわれの愛に生きる君は美しい。






2017/01/30
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参考資料:『愛に奇術師』/りょーくん

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