短編 | ナノ
美しい世界 [1/1]














その世界に、私とあなたが棲まう必要はない。



私はあなたなど、まるで必要としていないのですから。
























美しい世界












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干柿鬼鮫は思考する―――






霧隠れの怪人と恐れられ、仲間を幾人も犠牲にし。

確実に任務だけを遂行してきた自分は、今まさにこの里を離れようとしている。






……なのに自らの目の前に立ちはだかる彼女は、まさか自分を止めるつもりで現れたのだろうか、と。






『駄目よ、鬼鮫。』

「…………。」

『里抜けなんて、許さない。あなたはここで里のために尽くし、そして死ぬの。』

「あいにく私にこの里は小さすぎるようで……なので、もっと広い世界に行かせてもらいます。」

『……そう…どうしても出てくって言うなら……恋人の不始末は、アタシがつける。』

「私はあなたみたいな女性と恋人になった覚えはありませんよストーカーさん。」






その女は、自分同様に忍ではあるらしいが。

共に任務をしたことも、話すらろくにした覚えもない。



だが鬼鮫は、彼女の存在を知っていた。






―――何故ならその容姿は、忍などで無惨に散らすには勿体ないほど、綺麗なものであったから。

そんな彼女が、何故自分のような男に固執するのか、鬼鮫はまるで見当がつかなかった。






「すいませんが、私はあなたのような縁もゆかりもない女性に構う暇もありません故……通らせてもらいますよ。」

『……!!通させやしない…あんたはここで、アタシが殺すっ!!』






すると女はその手にクナイを構え、鬼鮫の喉元一直線にそれを突き通した。






―――パシッ、

だがいとも簡単に弾かれ、軌道を逸らされてしまう。






「そんな馬鹿正直に突っ込んでこられましても……そんなんじゃ傷の一つも付けられやしませんよ。とても忍の戦い方とは思えませんね。」

『うるさいっ!!あなたを、止める!!その喉元、かっ切ってでも!!』

「うるさいですねぇ。」






そうして何度も何度も斬りかかられるが。

鬼鮫はほんの少しの動作だけで、それらを難なくかわしている。






『あなたは、わかってない!!あなたを失うことが、この里にとってどれだけ不利益になるか、』

「不利益なら既にたくさん生んできましたよ。最近ではこの大刀鮫肌を手に入れるために、仕えた主人すら殺しましたからねぇ。」

『ならあなたが、その主人の代わりに事を成せばいい!!この里で!!』

「随分ご熱心な方ですねぇ……愛郷心は大いに結構。しかし、そんなにこの里の戦力が落ちることが惜しいですか。」

『違うっ!!!』






そうして今一度クナイをかわせば、女はよろめき呼吸を整える。






ただでさえ霧がかった夜間のうえに。

垂れ下がったセミロングの髪が、彼女の表情を曖昧にする。






『アタシが惜しいのは、干柿鬼鮫……あなたとこの里に居れないこと…。』

「!」

『アタシはあなたの恋人として、実力も中身も正式に認められたい……だから、それまであなたを諦めたくない……!』

「…………。」

『それなのに、あなたがこの里に残らなきゃ……追いかけられる位置にいなきゃ、それは意味がないっ…!』






―――ようやく覗けた彼女の端正な顔は、感情のままに歪められていた。

それを見た鬼鮫自身、その言葉に嘘はないのだろうと確信する。






しかしそんな相手に彼女は、次にはもうその目をつり上げ、再び勢いをつける。






『だから、実力を認めてもらうついでに、あなたを止める!!』






ビュッ!!

今度は速かった。



まるで疾風の如き速さで、鬼鮫の瞳に映し出されたクナイ。
























―――しかし、それすらも通じはしない。



既に鬼鮫は腰を低くしてそれをかわし。

がら空きになった相手の腹部に片腕を通し、背面に回り込んでから押さえつけた。






そして唯一凶器を持つその手首を、背後からガッチリと掴み捻り上げる。






「そんなに闘争心だけギラつかせても、中身はちっとも伴っていないようですねぇ。」

『!!』

「弱いですよ、あなた。」






耳元で、そう囁かれ。

女は強く抵抗を見せるが、元々身長差も体格差もある。



更に鬼鮫は自分の体重を乗せるように、彼女の背面にのしかかる。






「あなた、忍の才能ないですよ。いっそ踊り子にでも転職することをお勧めします。」

『うる…さいっ…!その余裕こいてる顔に、必ず鮮血を拝ませてやるんだから…!!』

「私みたいな醜男が血を流したところで、誰がそれを目に止めることでしょう。」






そうして暴れる女の頭部を、女の手首を掴んでいた方の手でそのまま後ろから押さえつける。

同時にその後ろ髪をかきあげれば……露となった女の首筋の裏に、鬼鮫は自ら歯をたてた。






『っあ…!』

「血とは……あなたのように美しいものから流れ出るからこそ、価値があるんですよ。」






ツーッ…

わずかに一筋だけ、流れ出た血は。



女の白い肌との対比で、本当に美しく目に映えた。






『……いや…いや…』

「!」

『嫌よ、鬼鮫……行かないで……、』






女は、俯いたまま……独り言のように小さく呟いていた。

ただ首をダラリと下げ、ノイローゼのように。






―――だがそこでもって、鬼鮫は口元がニヤリと弧を描く。



次には彼女にだけ聞こえるように、再びその耳に口を寄せた。






「正直言って私……あなたを側から失うことは、これっぽっちも惜しくありません。」

『!!!』

「ですが今、丁度思い直しました。」






―――あなたがこの里から居なくなることが、たまらなく惜しいと……。
























バッ!!



『!!あっ、』

「私とあなた……二人がこの里に居座る必要性なんてありません。」






女を置いて、背後の木の枝に飛び退いた鬼鮫。

解放された女が、その姿を仰ぎ見れば更に一言、二言。






「ここには私がいなくても……あなた一人さえいれば、この里は充分絵になる。」

『!!』

「そんな世界があるうちは……いつか私が、帰って来ないとも限りませんかねぇ。クククッ…」






後はもう、すべてに思い残しは無いようで。

ついにはそれだけ言い残し、霧の怪人は。



まさに霧に溶け込むように、夜の闇に蒸発した。






2014/01/13
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