ココロ心中 [2/2]
次にはその手をゆっくりと伸ばし。
まるで医師が患者を診断するときのように、アタシの胸元の衣服を引きずり下ろす。
そうしてこれまたゆっくりと、その手をアタシの心臓部まで這わせた。
どくん、どくん、
……規則的に鳴り続ける鼓動。
これが今からサソリによって支配されるのかと思うと、何だか笑えた。
するとその腕が、アタシにのしかかるように皮膚の上から圧力をかける。
どく、どく、どく、どく
次第に速まる鼓動、生を主張する器官。
それを押し潰すサソリ本人が、アタシの目をじっと見つめてくる。
―――ふっ、と腕の圧力を緩めるサソリ。
だが何を思ったか、途端に顔の距離を縮めてきた。
『…………。』
「…………。」
……お互いがもう目と鼻の先。
熱による玉の汗が、アタシを伝ってシーツに染みた。
だが先に堪えたのはアタシの方だ。
一応病人の体。集中力とか体力が、もうもたなかったんだと思う。
そうして一足先に力尽き、ため息をつけば瞳を閉じた。後はサソリまかせの運任せ。
すかさずサソリは、アタシの前髪をかきあげるようにして頭部を抱いてきた。
『んっ……、』
次には顔面に、ねっとりと這うような感覚。
それがサソリの舌だとわかっても、別段驚きもしなかった。
それが垂れた汗を拭うように……耳のすぐ横の髪の生え際から、徐々に額へとのぼってくる。
アタシの頭を抱えながら巧みに角度を変えて、遂に一筆書きで反対の耳にまで達するサソリの舌。
ようやくその舌がゆっくりと離れたかと思えば……再びアタシの耳元に降りてくる、熱い吐息。
―――途端に予期せず鼓膜が揺れた。
「バァカ。肉の切れる傀儡がどこにいる。」
『…………!』
「テメーはオレの芸術にはなれねぇ。思い上がんな、このブス。」
そう吐き捨てれば、サソリはすぐさま上体を起こし。
なに食わぬ顔で、アタシの頭部からするりとその手を離した。
どすん…、あっけなく固い枕に打ち付けられたアタシの後頭部。
『痛ったぁ…こんのドS、散々人に期待させておいて。』
「三十路過ぎたブスの体にすがるほど死体には困っちゃいねぇ。それとも単にヤりてぇだけだった……とか?」
『残念ながら傀儡のおじさんに犯される趣味はありません。』
「つれねぇなぁ。」
一体どこまでが冗談なのか、だがサソリは嫌に上機嫌なようで。
腹の底から、クツクツと沸くような笑みをもらしていた。
「まぁ下のおクチが寂しくなったら、いつでも相手してやるよ。」
『冗談は顔だけにして。あ……それと、アタシの心臓のことだけど―――…
---------------
ヒュウウウ……
無数の瓦礫が散らばる岩の空洞。
その中を突き進めば、奴がいた。
『……ほんとに死んじゃったんだね。しかも生身のアタシより先に。』
うつ伏せる奴の死体を見下したまま、アタシは淡々と“おしゃべり”を続ける。
『せっかく傀儡の体になれて鼻高々だったのにね。サソリってば永久がどうとか言って確信的だったのに、アタシなんかよりも早死にするなんて世話ないわ。』
だがもちろん今の奴からは、あの人を馬鹿にしたような返事は返ってこない。
所詮おしゃべりは、アタシの独り言に終わる。
アタシはサソリの死体を正面から起こすと、その背中に手を回す。
“核”を貫いている刃物の柄が、指先に触れた。
―――アタシは幸せ者だよ、サソリ。
―「バァカ。肉の切れる傀儡がどこにいる。」―
あの時、あんたに心臓をとられなかったおかげで。
アタシは今自分の意思で、あんたのいる場所に行けるんだもの。
―「テメーはオレの芸術にはなれねぇ。」―
もしあの時、アタシが心臓を無くした生身の人形になってたら……死体になった主人の前で、この身をどうすることもできなかったんだ。
―「まぁ下のおクチが寂しくなったら、いつでも相手してやるよ。」―
―『冗談は顔だけにして。あ……それと、アタシの心臓のことだけど……』―
『約束通り……アタシの心臓、あんたにあげる。』
サソリの核を通過していた2つの刃物。
それらが更にもう一つの心臓をえぐり、アタシは果てた。
2013/08/19
ーーーーーーーーーーーーーーー
prev | next