ココロ心中 [1/2]
傀儡―――それはカラクリの体。
体温など持ち合わせていないそれに、心まで支配されるなら。
……カラクッタ心ヲ、アタシニクダサイ。
ココロ心中---------------
『あー…もう嫌、しんどい。』
アタシは片腕で目元を覆えば、参ったように瞳を閉じた。
『……サソリ、薬の調合まだぁ?』
「人のベッド占領しといて何様だテメー。」
『いいじゃない。どうせあんたには睡眠なんて必要ないんでしょ。』
「調子下ろしてんじゃねぇ。いい加減出入り禁止にすんぞこのアマ。」
『いいから薬。早く。』
アタシが適当に流し催促すれば、その眉間には見事なシワが。おぉ恐い。
―――ちなみにこいつ、赤砂のサソリとアタシは同じ里出身の、いわゆる同期である。
訳あって二人一緒に里を飛び出し、しばらくは行動を共にしたよしみ。
じきに奴は“暁”という犯罪集団に、アタシはフリーで任務を請け負う殺し屋に、とバラバラになりはしたが。
未だにアタシは軽い気持ちで、暁にいるサソリの元を訪ねていたりする。
『ハァ…にしてもホントついてないわ。大事な任務の最中だってのに。』
「遠征中の火の国大名の暗殺、だっけか?」
『そ…せっかくターゲットを狙いやすいポイントで殺そうと調べたのに、さすがにその地点はもう通過しただろうなぁ。もう風邪なんかでチンタラ足止め喰ってたら、じきに奴ら目的地着いちゃうわよ。』
このまま間に合わなかったら、アタシ殺されるんだろうなぁ……とか何とかグチグチこぼしていれば。
ベチッ
『うっ、』
カッチカチに凍った小さい保冷剤を、顔面に2つ投げつけられた。
……くっそ。地味に痛いわ、こんちくしょう。
『……ちょっとサソリ、そりゃあ病人のおもりが嫌なのはわかるけど、』
「そいつで首と両脇冷やしてろ。2時間もすりゃあ平熱に戻る。」
『…うっそ、何その裏ワザ。』
「太い動脈が通ってんだよ。首の前に平行して2本、脇に各1本、あと股の付け根に両足の数ぶん。そこを冷やしとけばとりあえず熱だけは引く。」
『……へぇ、知らなかった。』
「熱が引いたらシャワー浴びろ。それでだいぶ楽になるはずだ。」
アタシが感心しつつも、言われた通りに保冷剤を当てる。
……うん、何か冷たさが全身に巡ってる感じ、しなくもない。
『さっすがサソリ、人体の構造にだけは詳しいのね。』
「そうやって“だけ”とかほざかれちゃあ、感謝されてる気がしねぇけどな。」
『そっかぁ。動脈を冷やせば熱が下がる、と……。』
奴の皮肉もスルーしたアタシは、一人考え込むようにそう呟く。
その間にもアタシに背を向け、依然奴は薬の調合に熱心である。
『……じゃあさ、サソリ。』
「病人になってもグチグチうるせぇくの一だなテメーは。そんなにおしゃべりしてぇんなら一人でやってろ。そんで周りに気違い呼ばわりされてろ。」
『まぁまず聞きなさいよ。』
そりゃあサソリが人と会話するのが苦手な、陰湿引きこもり野郎だってのは百も承知だ。
……それに、自分が充分気違いじみた女だってことも。
『アタシの“心臓”を傀儡にすれば、熱なんてすぐ引く体になるよね。』
―――ピタリ。
すりばちに薬草をゴリゴリいわせていた手が止まった。
「……まさか本当に気違い女になってたとは驚きだな。」
『既に気違いめいた体してるあんたには言われたくないわよ。言っとくけど、今さらあんたの永久の美だとかいう持論に感化されたわけじゃないから。それで、結論は?できなくないんでしょ?あんたのことだもの。』
「……リスクはあるがな。」
そう改まれば、サソリは器材から完全に手を離しクルリとアタシに向き直る。
そうして机におっかかりながら、いつにない調子で話し出す。
「テメーも知る通り、オレの自由意思を司る“核”だけは生身だ。つまりその核…“心臓”を傀儡にするってことは……。」
『いいわよ別に。任務に支障をきたすよりはよほどマシ。』
「……本気か?」
『そりゃもう。』
長年行動を共にしただけあって、アタシはサソリの体のことを誰よりも把握していた。
どんなにバラバラにされても接合する冷たい肢体。
それらの中にあって唯一、熱を持った心臓部のことも。
―――そんな奴とは真逆に、生身の体でありながら心臓のみを傀儡にできたら。
熱を持たない心臓から全身にかけ巡るのは、血管という名ばかりの冷えきった管。
つまり「はじめから血管が冷えきっていれば、きっと風邪なんてすぐ治るんだろう」。
そんな程度の安易な考えだ。
『どう?常人にはなかなか無い発想でしょ?』
「…………。」
そんなアタシの言葉を批難するわけでもなく、奴はベッドに横になるアタシの元まで歩み寄ってきた。
元々ここのアジトは薄暗い、故に自然と奴の顔にも陰りができる。
そうして、無感覚な色の目がアタシを見下ろした。
「……人形になった後のテメーは、誰かの命令無くしては動けねぇってことも、承知の上だな?」
『当然。』
「じゃあ敢えて聞いてやる。テメーがご所望するご主人様は?」
『決まってる。もちろんあんた。』
サソリの目が素直に驚きの色を露にした。
……そりゃあ普段のアタシからしたら想像もつかないだろう。
自ら望んで、サソリの玩具に成り下がろうなんて。
『でも、だからこそ。あんたでいい。』
「…………。」
『あんたなら、アタシの力を余すことなく引き出してくれる。死体のアタシを最良の形で使いこなせるのはあんたしかいないって、わかってるから。』
アタシがそう言えば、しばらく沈黙が辺りを支配する。
……するとものの数秒で、サソリの目が加虐的なものに変わった。
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