四次元ビューティー [1/2]
♪〜♪〜〜〜♪〜〜
イヤホンから微かにもれるメロディ。
新学期を迎えた、春の真新しい教室で。
―――“その日”から何かに憑かれたように、旦那は窓際をぼんやり眺めるようになった。
四次元ビューティー--------------
「なぁ旦那、いっつも何見てんだよ。そうやって窓の外ばっか眺めてよ、うん。」
校庭に面した、窓際の一番最後尾。旦那の特等席だ。
そこに座るサソリ本人は、今日も何かを待ちわびるように頬杖をついている。
「何か面白いもんでもあんのかよ、なぁ旦那ってば!」
「うるせぇ。寄るな粘土臭ぇ。」
「臭くねぇよ!オイラだって粘土使った後くらいちゃんと手ぇ洗ってるし、そもそも粘土は臭くねぇ!うん!」
「ガタガタ抜かすな、気が散る。」
「だから何をそんなに熱心に見てんだってばぁ!」
窓の外は依然快晴。青い空には、白い雲が漂っているだけ。
校庭には、ちらほら生徒がうろついているだけ。
―――と、不意にポツリとその口がこぼす。
「……今日はハズレたな。」
「…………は?」
「おら、部室行くぞ粘土野郎。」
耳のイヤホンをむしるように外せば、ウォークマンの停止ボタンを押す。
それらを乱暴にカバンに突っ込めば、声をかけたオイラになど見向きもしないで教室を出ていく後ろ姿。
「な……おいちょっと旦那!いいのかよさっきの、その…アレは……、」
「あれって何だよ。」
「って、そんなのオイラが知りてぇよ!うん!何なんだよ、さっきまでオイラがいくら話しかけても微動だにしなかったくせによ!」
「オレがいつ何をしようが勝手だろ、いちいち口出しすんじゃねぇ。罰としてテメーの今週の作品全部壊す。」
「はぁ!?ふっざけんなよ旦那ぁ!あれを壊すのはオイラの役目だ、うん!!」
「……ツッコむとこそこかよテメー。」
軽くため息をつけば、部室の扉を横開きに開ける旦那。
ここにたどり着くまで、旦那のカバンからはみ出たイヤホンが、振り子のように揺れていた。
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♪〜〜♪〜あぁ〜また直感が〜〜…♪
―――また今日も、この出だしから始まる。
火曜日の四時限目。授業科目は英語。
各自リスニングCDを聞いているはずの授業で、オレは一人そのフレーズを聞いていた。
♪〜〜♪〜〜〜〜♪
……もちろん、教師側にこの不正がバレることはない。
何故ならオレのシャーペンを握る手は、確実にその発音を拾っていた。
♪〜ノートにシャーペンで〜〜♪つづりは〜…♪♪
―――ちらり、
ふと窓の外を見れば、今日もまた始まる。遮断された窓の向こう側で。
それでもオレの指は、スペルミスなどおこさない精密な動きをしている。
♪♪思考しよう〜〜諦めろ〜どうせ〜〜…♪
―――…あぁそう。どうせ無駄骨、叶いやしない。
曲のフレーズにそう指摘され、オレは窓の外にうつるソレから、伏せるように視線をはずした。
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―――“あの日”から随分経っただろう。
放課後、教室に一人きり。
遂にはデイダラにも見限られ、部室に先越されてしまった。
♪♪〜なぜ正反対の〜〜人に惹かれんだろう〜…♪
今日も窓の外では、髪の長いあいつが走っている。
(……今日で終いにするか………。)
そうして半ば諦めたように視線を反らした次の瞬間―――いままで感じなかった違和感が。
それを肌で感じ取り、オレが途端に顔をあげれば。
―――ぱちり、
黒い瞳と目が合った。
「………ハッ…ようやくかよ……散々待たせやがって……、」
本来待つのが嫌いなオレだが……このときばかりは頬の緊張が緩むのを禁じ得なかった。
そうしていつものようにイヤホンをむしり取れば、開きっぱなしのカバンを肩に席を立つ。
音楽の流れ出るウォークマンをそのままに、オレははやるように駆け出した。
〜〜♪〜動き出した衝動もう〜〜♪追いかけたい〜…♪♪
机の上で、その歌は最後のフレーズへ向かっていた。
2013/08/26
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参考資料:
『四次元ビューティーガール』/サクラメリーメン
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