Bad Romance [1/2]
お前を早く、暴きたい。
アブノーマルな、関係で。
Bad Romance---------------
ギィ……、
重厚な扉が開いた音がする。
暗がりの中アタシが目を細めれば、奴がいた。
「気分はどうだ。」
『……見ればわかるでしょ、最低よ…。』
目には見えない糸で繋がれ、磔にされたアタシを見ればニヤニヤと笑う。
―――赤砂のサソリ、傀儡造形師の巨匠。
アタシから全てを奪った男である。
「まぁよく考えてもみろ。ここは普段ナマモノは入れねぇ清潔な場所だからな。オレの秘蔵のコレクションと同等に吊るされるなんて境遇、オレと同じ傀儡師なら泣いて喜ぶレベルだ。」
……清潔な?どこがだ。カビ臭いし亜鉛臭い。
部屋を見渡せば確かに、壁に両腕を吊り下げられた、憐れな人形たちが立ち並んでいるのが目に入った。
ただその中にいて、アタシ一人が生者の息吹を躍動させている。
アタシがだらりと項垂れれば、奴はその目を更に光らせた。
「いい眺めだな、あのときと同じで……お前の祖国が、オレの芸術で無惨に散りゆく光景と。」
ガシャアアアン!!
アタシは咄嗟に顔を振り上げ、ギロリと奴を睨み付ける。
その辺にあった四肢の山を蹴り上げれば、奴の足元でそれらが踊った。
『黙れキチガイ!!あんたは殺す……!!』
「…ほう。」
『あんたがこんな奴だとは思わなかった……!!もっと早くに気付けていたら、アタシは、』
「国も、家族も、恋人も。失うことはなかったのに、ってか……?」
『ッ……!!』
そうやって今日まで、人が後悔しているネタをひけらかす。
それでもただ奥歯を噛み殺すしかないアタシを見れば、奴は光射す扉側からゆっくりと歩み寄ってきた。
カツン…カツン……、
鉄の床から冷たい音が反響して、アタシを芯から尖らせる。
ようやく近くまで来ると、奴はわざと目線を合わせるようにして屈み込んだ。
「そんなにオレが憎いか?」
『……っ…当たり前でしょ……!!』
「じゃあ、キスでもしてみるか。」
は……?
奴は一旦その身を起こし上げる。
アタシの聞き間違いではない証拠に、再度それを確認してきた。
「いいだろ、キス。そんだけ憎けりゃ頃合いだ。」
『ふざけるのも大概にしろ、死ね……!!』
「最高じゃねぇか。」
『……は…、』
「疼くんだよ。今お前は、誰に見せるつもりも無いだろう感情を晒してる。そしてその隠された醜い部分を知るのは、世界でただオレ一人なんだってな……。」
そう言うと、奴は見透かしたようにアタシを捉える。
その目はビー玉みたいに澄んでいるのに、奥ではドロリと歪んだ感情に支配されていて。
その異様なギャップに、アタシは思わず身震いしていた。
「おかしいか?」
『っ……普通じゃないわよ、あんた……。』
「あぁそうだ、オレは普通じゃない。お前の繕われた部分だけと馴れ合ってきた奴等とは違う。オレはそんな上っ面なお前だけじゃ満足できねぇ。」
『…………。』
「お前の憎しみもたまらねぇ、その燃えるような怒りもそそられる……そんな普段、お前が決して明かさないイカレた部分でも、他人が知ったら見離されていくような事実でも、オレだけは何一つ否定することなく愛してやれる。だから、」
“オレもお前の愛が欲しい。”
そう付け足して、奴はアタシの手首に触れた。
血が充分に行き届かなくなった青白い手には、その触れられた感覚すら無くなりかけていた。
(……冗談じゃ、ない……こんな奴に………、)
人をこんな目に遭わせておいて、どうして奴を愛せと言うのか。
『……絶対いや。』
「オレは欲しい。」
『ッ……嫌だって、』
「お前のことは、今日まで散々イジメぬいてやったからな。」
すぅ……っと手首の血管を下まで撫で付け、アタシの輪郭線の頬骨をつまむ。
だが見えない糸で拘束されたまま、何をすることも許されない。
―――ついに奴は覆い被さるように触れ、唇を付けた。最悪だった。
『んっ……んん…!!』
酷い嫌悪感だ、吐き気がする。
暫くすれば、その生暖かい舌が、ヌルリと口内を割って入ってきた。
『んんっ、んぅう……!!』
アタシは、奴が人傀儡だということも知っている。
もっとゴムみたいな素材で出来ているのかと思えば、それにはちゃんとザラつきがあり。
アタシの舌を撫で回しては、もっと何かを求めるように奥へと入り込んできた。
―「お前……名前は。」―
―『name。よろしくね、あんたは?』―
―「サソリ……赤砂の、サソリ。知らねぇか。」―
―『うん。遠い国のことはよくわかんないや。』―
当時、旅の途中で立ち寄ったのだと言う。
そんな奴にアタシは、この国のいろんなことを教えてやった。
―『この町はねぇ、椿油が有名なの。』―
―「ふーん…。」―
―『あんたの髪も、椿みたいね。』―
代わりに奴も、自分の故郷の話を聞かせてくれた。
―「砂だらけだ、砂しかねぇな。砂の城も作り放題だぞ。」―
―『ぷっ……!あはは、何それ……!』―
悪くなかった……いや。
むしろ楽しかったんだ、奴との時間は。なのに……、
―「今度はオレを、堪能させてやる……。」―
(ふざけるな、ふざけるなふざけるな……!!)
奴に口をつけられる瞬間、囁かれた言葉が脳をめぐる。
アタシはやるせなさと胸の怒りがピークに達し………
ガチッ……!!
「……!」
気づけば、それに歯を立てていた。
“それ”とは勿論、奴の舌だ。
『フー…フー……ッ!』
「…………。」
噛んだ歯茎の間から、粗い息遣いだけが抜けていく。
お互い口も利けぬまま、ただただ至近距離で睨み合った。
いや……それでも奴のほうは痛覚がないのだろうか。
舌を噛まれたまま、ボーッとアタシの瞳を見つめている。
(っ……そうやってアタシの動揺を買おうったって、そうはいかない……!!いっそこのまま舌を喰いちぎって……、)
アタシはその反応が気に入らなくて、ならいっそのことと本気で力を込めた、直後。
―――ガンッ!!
『!??っ…!』
アタシの顔付近をさ迷っていた奴の手が、いきなり両の手首に飛び付いた。
かと思えばそのままガッチリと確保され、背後の壁に押し付けられる。
『いぁ、うんッ……!』
さっきまでは付けるだけだった唇が、啄むような仕草に変わり。
アタシの体に、生身のように良質な体がこすりつけられる。
それでもここで舌を離してなるものかと、ギリッと歯茎に力を込めれば。
―――どうしてか、奴は尚更激しく体を突き動かしてきた。
(…何これ……っ何なのこれぇ……ッ!!)
奴の肩が執拗なくらいアタシの肩に当たり、胸板が迫ればアタシの乳房が押し上げられる。
でも何より嫌だったのは、奴と額をこすり合わせなきゃならなかったこと。
『んっ、はぁ、いっ、あぁ……!!』
「……っ………、」
互いの薄い皮膚越しに、額の骨が擦れ合い、ゴリゴリといった音を立てる。
そんな奴の動物的衝動は、アタシにそれを伝染させようとしているようだった。
prev | next