或る日の君を想ふ [1/1]
お前と本格的に関わり合ったのは、同じ大学を目指していると知ったときからだった。
或る日の君を想ふ---------------
それまでは同じ幼稚園で、小中高と一緒だった。
けどクラスも部活も違ってたから。
『あの難関校受けるの、アタシたちだけだって、先生が。』
「……だったら何だよ。」
『だからお互い、頑張ろうね。』
話しかけてきたのも、お前から。
だからといって一緒に過去問やろうとか、放課後残って勉強しようとか。
やたらオレに張り付いてくるような、面倒な類いの女でもなかった。
「おいサソリぃ、nameの奴どこ行ったか知らねぇか?」
「……何でオレに聞く。」
「え、だってお前ら、同じ大学行くんだろ?」
そのうち、知りもしない奴の居場所をしょっちゅう聞かれるようになった。
どこからどう噂が広がったのか……だがオレたち二人が目指す大学ってやつは、それだけ周りから注目とか、期待とかを受けるらしく。
「あの大学、共学化すんだろ?だからもしnameの奴が受かれば、この高校で初めてのエリート女子大生が誕生するってわけだ、なは!」
「……別に興味ねぇから。じゃ。」
そう、興味なんて無かった。
けどやたら周りがnameの名前を口にしたり、もてはやしたりするもんだから。
オレの目や耳は自然と、奴の情報を拾うようになっていった。
「ねぇねぇ聞いた?nameってば大学行ったら女子バド部創設する気らしいよ!」
「すっご〜い!文武両道なんて、なかなか出来ることじゃないよねぇ、羨まし〜!」
あぁ、そうそう。部活部活。
奴はオレと違って、運動部。部活は確か、バドミントン。
オレたちの高校には制服がなくて、なのにお前はいつもジャージ登校だった。
「まぁけど、そんなとこもnameらしいっちゃらしいけどな!」
「部長だし、人数少ないし、いろいろ大変なんじゃねぇの?この前顧問にも“今日くらい早く帰れ”って言われて、送り帰されてたし。」
そう、他の奴等が流行を意識して、毎日着ていくための洒落た服を決める中。
青いジャージ姿で授業に出るお前は、いい意味で周りからは浮いた存在だった。
『おはようサソリ!』
「!」
『受験勉強はかどってる?絶対アタシたち受かろうね!』
いつの間にか名を呼ばれ、校内で顔を会わせれば挨拶される。
この日も肩を叩かれ、後ろから颯爽と追い抜かれた。
けどそうして奴が見えなくなった頃……オレは立ち止まり、何故かその場で頭を抱える羽目に。
「……っおい、聞いてねぇぞ………。」
その日見たnameは、私服だった。
どうやら一週間あるうちの、部活が無いその日だけ。
5日ある登校日のうちのイッペンだけが、そのようだった。
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付き合いだしたのは、合格発表を見に行った、そのとき。
隣に並んだ受験番号を見て、オレにしがみつきはしゃぐお前に。
オレは迷わず、口走っていた。
「……おいname。オレと付き合え。」
『……!?…へ……?』
途端に呆けるお前は、その言葉の意味を考えるようにボーッとオレと見つめ合う。
普段頭は良いくせに、こういう色恋沙汰にはほんと鈍感で。
―――ようやく理解できた頃には、耳まで真っ赤。
けどオレからは目線をそらせないで、いつまでも見つめてくるもんだから。
そんなお前が愛しくて、オレは人目もはばからずにキスをしていた。
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ここ、どこだっけな……あぁ、思い出した。
ここは葬祭場。お前は今、棺の中に横たわっている。
「院生になるからと言って、遠方のほうに旅立ったお前は……その頃にはもう、随分体を酷使して。やっぱり無理をしていたんだと思う。」
「「…………。」」
「“遠距離恋愛だね”っつって笑ってたけど、正直部活漬け勉強漬けだったオレたちが、世間一般のそれらしいことをした試しなんか一度だって無かった。」
おそらくオレからnameにキスしたあの日……あれが唯一にして、最後。
自分から付き合うことを押し付けておいて、放置プレイもいいとこだった。
「あぁ、それと……オレがnameに好きだ、とか言った試しも無かったっけな。けど、それを何一つ不満がることも、愛が無いだの駄々をこねることもなく……ただただお前も、オレの隣を歩いてた。」
―『あははは!見てみてサソリ!チョウチンアンコウ!』―
―「……何がおかしいんだか分かんねぇよ。テメーは。」―
オレは改めて、マイクに向かって語り出す。
「随分長く話をしましたが……nameとは二人で何かをやり遂げたとか、デートしただとか、喧嘩したとか。そんなドラマみたいなことは何一つ無かったけど。」
「「……っ…」」
「オレの勝手としては、随分楽しい時間(とき)を過ごさせてもらったし、感謝もしてる。」
nameの交友関係は、今ここにあるだけでも相当だった。
さっきnameの親父さんが、甘く見てたって……自分の知らないところで、娘はこんなにもたくさんの方々に支えられていたんだって。
「もっと広い会場にするべきだった。nameごめんな」って言って、嘆いてた。
「最後になりますが、name……オレがお前を好きだったかどうか。お前が聞かなかったくらいだから、敢えて言う必要はねぇだろうな。けど一つだけ、言わせてもらうとすれば。」
オレはそこで、一呼吸置く。
広げていたスピーチの文面から顔を上げれば……ピースサインで笑ったままのnameと目が合う。
……おかしいよな。写真越しには、こんなにスラスラ話せるのに。
もうこの声は、お前に届いているのかすら分からねぇってのに。
―『おはようサソリ!』―
―『受験勉強はかどってる?絶対アタシたち受かろうね!』―――……
―――それでもオレは、確かに告げた。
「あの日見た、お前の私服……あれは最高に、可愛かった。オレが今日まで一向に、お前に手が出せなくなっちまうくらいに…な……。」
それを最後にオレは壇上を降り、故人に一礼する。
オレがスピーチする前にも、大学の教授や部活の顧問らが、皆一様にしてこの動作を繰り返す。
―――どんなに位の高い人種だろうと。どんなに自分より年下な相手だろうと。
この世界では、今は亡き故人のために、誰もが自らの頭を下げる。
(……じゃあな、name………。)
そうしてオレは、オレたちは。
この一礼をもって、この世を旅立ったnameへの手向けとした。
2014/11/9
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