16.
その日の夜。
予定通り客人を迎い入れ、何軒か居酒屋を梯子して。アタシはようやく解放された。
『くあっ……も、も〜駄目!アタシ明日まで生きてる心地がしな…い……。』
あまりお酒に強くないアタシは、そりゃあ酷い頭痛と目眩のコンボに見舞われていた。
ついには立っているのも辛くなり、道の電柱に寄りかかれば、ズルズルと沈むようにしゃがみ込む。
―「確かオレの連絡先なら、随分前に教えたはずだが……」―
(何かあったらすぐ連絡をよこせ、か……。)
ぼんやりする頭で、アタシはおもむろに携帯を開き。
ワンボタンで着信履歴を開ければ、その名前を見る。
―「……な?絶対だぞ、name。」―
(イタチ、きっとアタシが呼んだら来てくれるんだろうな……。)
なーんて、そんなひ弱な考えが頭をよぎったりもして。
(いやいや!何言ってんの……駄目だ駄目!そんな軽い気持ちで、イタチをタクシー代わりに使っちゃアカンだって……。)
最近彼の仕事を手伝うようになって、イタチの仕事が相当ハードなことも肌で感じたのだ。
時刻は夜中の、10時過ぎ。
疲れているであろう彼を、アタシなんかが尚更呼び出せるわけもなかった。
『……これが恋人だったら、違ったのかな…。』
―「……甘いな、nameは。」―
『もっと気兼ねなく、イタチのこと呼び出せたのかな……。』
だけど今、イタチはアタシの監視役に逆戻り。
それが現状であり、多分この先もきっと、変わらない。
―――それを唯一打破できたかもしれない、あの恋人ごっこも。
せっかくイタチが作ってくれた、そのきっかけさえも。
―『やめて、イタチっ!!!』―
あんな衝動に身を任せて、あっさり棒に降ってしまうなんて。
『……やっぱり馬鹿だな、アタシ……。』
そんなことを呟いては、ほろり。
お酒が入っているせいか、すぐ涙もろくなってしまう。
何とか思い直して空を仰ぐも、気分は一向に優れそうになかった。
「お〜いお嬢ちゃん、大丈夫かー?」
『んあ…、』
アタシが顔を傾ければ、あちらも飲みの帰りだろうか。
40くらいのおじさんが、ガッツリこちらを覗き込んでいる。
『はは、いや……すみません、ちょっと休憩してるはへなので、お気遣いなく…』
「おいおい呂律回ってないし、こりゃあ相当酔ってるな。なんならそこで横になんなよ?な?」
『え、んあ、そこまではさすがに……』
しかし断りを入れようにも、思考がうまく働かず。
そうして力ないアタシは、フラフラな状態で路地の暗がりまで連れられて。
―――ゴンッ、
体がよろめけば、そのまま後頭部を地面に打ち付けた。
『んがっ!痛ったぁ……い…!?』
だがそんな痛みよりも何よりも、アタシは今ある状況を、大いに検証しなければならない。
まず自分が今、固い地べたに直に寝かせられていること。
そして重たいその体が、馬乗りにこちらを見下していること………
―――ぞわりっ!!
一度(ひとたび)至れば一瞬にして、アタシは酔いが吹っ飛んだ。
『ひっ…!や…やめてっ…、』
「まぁ安心しなってよぉ。たっぷり可愛がってやるから、なぁ?」
その毛だるまのような腕が触れるたびに、ゾワゾワ。
アタシの脳裏に、嫌な感覚が甦る。
(やだ…っ…気持ち悪い…怖い……!!)
その肌を這う感触に耐えられなくて、身体中の震えが止まらない。
「お嬢ちゃんも可哀想になぁ。こんな危険な夜分だってのに、迎えの一人もいないんだろぉ?」
『!!』
「でもまぁ、そのぶんオイチャンが慰めてやるから……」
と、そんなうわ言が耳に入れば、アタシはようやく思い出し。
咄嗟に携帯を取り出せば、指先の感覚だけで着信履歴の一番上を選択した。
ワンコール、ツーコール……
(お願いイタチ……早く…!!)
だが焦る気持ちに反して、その単調な機械音は無神経そのもの。
何の緊張感もない音に、アタシの気だけが募っていく。
……っ…何て不便な機械だろう…。
―「おはよう、name。」―
何でこんなに、イタチまで遠いんだろう……!!
いつでも隣にいるイタチに、今まで連絡なんてしたことなかったから。
電波でしかやり取り出来ないことが、こんなに心細いなんて……!
「!!あ、おいコラ何してやがるっ!!」
『っあ!!』
だが当然、目の前で妙な動きをすれば気づかれてしまうわけで。
アタシの携帯は、あっけなく弾かれコール音も途絶えてしまった。
―「着信履歴、一番上にしといたからな。」―
……っそん、な………
―「……な?絶対だぞ、name。」―
誰かっ…誰かぁ……
『…………イタ、チ……』
アタシが口から、その名をこぼせば。
転がる役立たずな携帯の向こうには、スラッとした長い人影が伸びていた。
フライング、ヒーローあぁ、アタシにこの無能なアイテムは不要らしい。
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