17.
「あ……いや待て!待ってくれ!誤解なんだ!これは……、」
何が誤解であるもんか。
咄嗟にアタシから飛び退くも、その人はすぐに腰が抜けてしまったようで。
これですっかり安心だと、期待の眼差しを込めてイタチの助けを待つアタシだったが。
―――ス……、
「……立てますか?」
……え…?
なのに彼の第一声はまず……小太りな体で、小鹿みたいに震えるその人に向けられた。
「酔っているなら、タクシーを呼びましょうか?それともこのまま、第三者も交えて署で面会してみます?」
「!!いや、いい……、」
「そうですか。何にせよ、目の前の不満ばかりに躍起にならず、現状をもっと大事にしたらいい。」
「あ、あぁ……すまねぇ…」
「いいえ。ご理解いただけたのなら、それで。では足元にお気をつけて。」
そうして早くも視界の隅へ、ふらふらと立ち去っていく黒い人影。
呆気にとられて横たわったままのアタシにも、彼はしゃがんで手を差しのべる。
「大丈夫か、name。心配したぞ。」
『……イタチ、何で…』
「携帯にGPSが付いているだろう?だから居場所くらいはすぐ分かっ、」
『違う……違うよイタチ…』
ようやく背中を起こされるアタシだが、地面に座り込んだまま一向に立つ気などなく。
ただ不審そうに覗き込んでくるイタチの、その顔に……咄嗟に口をついて出た。
『なん、で……何でそんな涼しい顔してるの…?』
「…!」
『アタシ、もう恐くて恐くて仕方なくて……なのに何で、イタチは何で……っ!?』
悔しくて、歯を噛み締めながら、半ば八つ当たりみたいにイタチを責めるアタシ。
だって、そうじゃないか。
たったあれだけのことに、アタシは散々恐怖して。
―「いいえ。ご理解いただけたのなら、それで。」―
イタチは、何てことのないようにそれを解決してしまったのだから。
「……そうか……遅くなって、すまなかったな。」
『っ…ちがうの、遅いとかそういうんじゃなくて……もっとこう、相手にガツンと言うことだって出来たんじゃないの?襲われかけてたんだよ?アタシ…、』
「あのときオレが殴っていれば、それでnameの気は済んだのか。」
どきり。
このときアタシは、何か胸の内を突かれたようで……途端に何も言えなくなる。
―『い、イタチ…!も、もうやめてあげてっ、』―
「きっとまた、お前は止めに入るだろう。」
『……そうかも、しれないけど…、』
「オレは二度も同じ過ちを繰り返したくはない。わかるだろう、name。」
まるで小さな子に善悪を諭すように、アタシの頭から降りかかる声。
……そうだ、わかってた。
イタチがそういう性格してるって、アタシは誰よりもよくわかってたんだ。
―『イタチが……これ以上人に暴力する姿は、見たくない、のっ…!』―
いままでだってそうやって、イタチの行動を制限して、束縛してたのは全部アタシで。
でもそこから導き出される結果に、いつも満足できない自分がいる。
「殴りたくなったら、それ以外の方法でどうにかできるってことも覚えたし。」
『……っ…。』
「逆に相手がどんなに知ったこっちゃないにしても、親切くらいはしてやれる。それもこれも、nameのおかげで学べたことだ。」
そんな彼の淡々とした言い分を聞く中……このときアタシは思ったんだ。
もしかしたら彼は“アタシを守る”という戒めに熱心なだけであって。
―「お前が泣いたら、泣き止ませる。お前が間違ったら、それを正していく。」―
アタシ“自身”のことなんて、実はどうとも思ってないんじゃないのかって…………
―――アタシはふらついた。
アタシの世界だけが、みるみる滲んで歪んでいく。
「!nameっ…?」
『いや……イタチ、どうしてなのイタチ…!?』
ポタッポタッ……と伝っていくものは、当然涙。
突然のことに戸惑ったのか、イタチは目を見開いたまま、今ある状況に釘付けになっている。
―――だけどねイタチ。アタシからしたら、こんなの全然突然なんかじゃないよ……。
―「何より“うちの社長”は、nameの身に何かあればただじゃ済まさないだろうな。」―
きっとアタシは当初からこの“可能性”を意識しないよう、真相心理の奥深くに眠らせてきたんだ。
『イタチ、アタシちゃんとわかってたよ……単に送り迎えってだけじゃない。イタチは伯父さんに、アタシの行動すべてを監視するよう言われてたことも……っ…』
「……!」
『でもイタチは前からそうだったよね。それこそ初めて出会ったときなんか、イタチはお父さんの言いつけで、アタシをうちはにしようと懸命だった……あの言いつけがあったおかげで、イタチがアタシに付きっきりでいてくれてた。アタシはそれでも嬉しかったの、たとえ形だけでも、頼れるイタチが側にいてくれるだけで全てが心強くて、満たされて。だけど、もう………』
もうあの時とは、違う。
一緒にいてくれれば満足でいられた、あの頃のままではいられない。
―――何故なら彼を、好きになってしまったから。
『好きだよイタチ……好きなの、イタチが……』
だからアタシは、その先が欲しい。
彼と、本物の恋がしたい。
泥酔告白あぁ、お酒ってスゴい。
あれほど心に溜め込んでいた感情が、こうも容易く出てくるなんて。
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