11/2.
『……!!%#○¥☆、もがは…っ!!』
「ん、旨いな。」
アタシがパニクり、咄嗟に口元を押さえて距離をとる。
だがイタチはそのアクシデントに動じることもなく、はみ出た黒蜜を指でぬぐっていた。
『ご…ごごごめんイタチ!!あた、アタシわざとじゃなくて……!!』
「逆に狙って今のが出来たら驚きだ。」
『ほ、ほほほんとにごめんっ!!あーアタシのバカバカバカ!!ああ穴があったら入りたい……!!』
頭を抱えてよろければ、どんっと背後の壁にまで追突する。
(やっちゃった……い、イタチとキスしちゃったよ……!!)
唇にありありと残る、その感触は。
アタシの体全体にまで浸透し、今さらなかったことになど出来なかった。
「name大丈夫か?」
『いや駄目っ!!今は近寄らないで!!』
「それは無理な相談だ。また頭が痛むのか?それとも打った背中のほうか?」
『いやいやないない今のはない……ごめんイタチ、ほんとゴメン…、』
依然壁に持たれたまま、頭だけを左右に振るアタシ。
でもこのときのアタシは確かに、イタチを“異性”としか認識できなかった。
『お、おかしいよね!!イタチは何とも思ってないのに、アタシばっかり何か変になっちゃって……!!』
でもやっぱりそれが不釣り合いで、これまでアタシは何度もその二文字をかき消した。
(そうだ、イタチはただの監視役監視役……!!)
それを頭に刷り込もうとしても、今となっては何の説得力もない。
もはやこの現状に、どこか浮き足立っている自分がいる。
「……キスがそんなに特別か?」
『い、イタチは嫌でしょ!??アタシなんかとキスなんて、』
「もしかして初めてだったか?だったら悪いことしたかもな。」
『違うの!!したのはアタシなの!!ごめんね、ほんっと気持ち悪いよね!?か、感触とかもさ、消えないよね……!?』
今ならわかる、わかる気がする。
きっとこんなこと、彼は望んでいなかったんだ。
もっと別な、恋人を演じることに何か別の意味があったんだと。
『何かアタシばっかりつけ上がって、イタチを困らせるようなことばっかりして……』
だって、ただアタシのことが好きと言うなら―――“この部屋”も、“二週間”の条件も、何の意味も成さない。
だからこの中途半端な関係は、ぐるぐるぐるぐる目眩のように。
アタシだけを、酷くおかしくさせている。
『ごめんねイタチ……今のは、忘れて…?』
「…………。」
『アタシも今のは、カウントしないし……なかったことに、していいから……。』
「その反応は、さすがに傷つくな。」
え、なに……?
だがイタチは何を思ったのか、椅子から立ち上がると一直線にアタシの元まで歩み寄ってくる。
『え、なに、えっあ、ちょ……』
―――このときアタシの中で、警告が鳴り出していた。
― 『お…っはよう、イタチ……。』―
―「……大丈夫かname?いま思いきりぶつけただろう、自動ドアに。」―
けたたましい音で、頭のサイレンが全力で伝える。
これ以上踏み入れられたら、もう後戻りは出来ないのだと。
―「name……オレは、」―
―『あのさ、今度二人で、居酒屋行かない……?』―
それでも彼の長い足に、難なく跨がれた境界線。
そうしてアタシの頬に手を添え、もう一方の手でアタシの前髪を掻き分けてきたイタチは。
―――何のためらいもなく、今度はしっかりとその唇を繋いできた。
『……!んぅ…、』
キス自体はすごく上手い。腰が抜けてしまうほど。
それでもアタシがまだ理性を保てたのは……口に残る黒蜜のざらつきが、不快にすらとれたから。
「……甘いな、nameは。」
『……!!だ…駄目だって、何やって……!!そ、そんなの黒蜜が甘くて……』
「いや。甘いのは確かにnameのほうだ。」
思考も舌も回らないアタシが、恐いもの見たさにも似た感情でうっすらと目を開けた先では。
「nameがこんなに甘いから……」
―『イタチはブラックコーヒー飲めるのに、わりと嗜好は甘党だよね〜なんて、』―
「オレは無性に甘いものが、欲しくなるんだ……。」
……近距離で赤く染まった車輪が、アタシの奥を見透かすように、光っていた。
架空世界、赤と黒気づいただろうか、気づかれただろうか。
アタシはこのとき、この場の空気に不釣り合いなほど……全身の血の気が引いていた。
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