11/1.
単刀直入に言おう。
ズバリ、最近彼からのボディタッチが増えた気がする。
―「ほら、落としたぞname。」―
―『んあっ…!?』―
その端正な容姿に、品の良い性格。
女性であれば、只でさえ隣にいてドキドキしてしまうような人物なのに。
―「name。今さっきやってもらった書類の件だが、」―
―『ちょ、あ……!』―
そんなしょっちゅう肌が触れ合ってしまっては、平常心でいられる方がどうかしていた。
『い、イタチ!はいコレあげるっ!!』
そんな恋人ごっこを始めて、早一週間。
土日を挟んで、再び迎えた月曜日に。
アタシが部屋に顔を出せば、真っ先にそれを突き出した。
「何だ唐突に、何だその袋は。」
『し、下のコンビニで買ってきたの!!ほらイタチ、昔よくお団子とか和菓子系が好きだったでしょ!?』
「ふーん。で、これはあんみつか?」
『そうそうそれ!!イタチはブラックコーヒー飲めるのに、わりと嗜好は甘党だよね〜なんて、』
「んー……あぁ、そういえば確かにそうだったかもな。」
この日も猛烈な勢いでキョドってしまうアタシだったが、イタチはさして気にもしていない様子。
普段は手遊びなんかしない彼が、指先でペンをクルクル回していた。
(あ、あれれ?何か思ったより反応薄いなー、でもイタチは確かに甘党だったはず……)
「nameの持ってるそっちは?」
『え……あぁアタシ?アタシのはミルクプリン。こ、こっちのほうが良かった?』
「いや、少しだけ中身が気になってな、それだけだ。じゃあスプーン貰えるか?」
『え、あーっと、ちょっと待ってね。』
コンビニ袋をがさがさ漁り、プラスチックでできた付属のスプーンを取り出すと。
アタシは右足を一歩前に出し、腰を屈め……まるで忍者のようにシャシャッと素早く前後運動をした。
ポツン、とデスクに置かれたスプーンにポカーンと呆けるイタチ……うん、まぁ当然の反応だろう。
「ぷ……!何だname、今の動きはまた斬新だな。」
『え?あーいやさ、だってまた不用意に接触したら意識しちゃうし……』
「ん、何を意識するって?」
『あーわー!!いやいやいや!!なな何でもない何でもなかった!!ほ、ほら早く食べちゃおうよ、ね!?』
アタシが両手をバタバタさせれば、それ以上追及されることもなくてホッとする。
『そ、そういえばイタチ、この前の本どうだった?』
「本?あぁ、雑誌のことか。」
『そーそー、あれも下のコンビニで買ったやつなの!“忙しいアナタにも出来る!簡単レシピ厳選50選”なぁんて煽り文句が………って、あれれ、その顔はもしや、作ってないな!?』
「なんだ、何か作って欲しかったのか?」
『いやいや違う違う!アタシにじゃなくて、忙しいイタチでも作れるようなレシピだと思って買ったの!だってこの前、イタチってばご飯ろくに食べてないって、』
「あぁ、オレにか。気を遣ってもらってすまないな。オレはてっきり裏面の応募ハガキが欲しいのかと、」
『どんだけ深読みしてんのよ!!っていうかそんな遠回しに応募の催促するとか、地味に嫌な奴じゃんアタシ!!』
「そんなに心配しなくても、既にポストに投函してある。当たるといいな、ギフト券。」
『そりゃあいいけど〜!ってそれよりイタチのほうが大事でしょ!?そんな食べるもの食べないで仕事ばっかりやってたら、いつかホントに倒れちゃうよ!?』
「ははっ、倒れないさ。nameが側にいるうちはな。」
『いやいや、アタシが居るからって何にもならないし………って、』
思わずアタシが顔を上げるが、イタチの視線は既にあんみつに向かっている。
たかが容器のシールさえも綺麗に剥がすところが何ともイタチらしい……ってそうじゃないそこじゃない。
(あ…アタシが側にいるから、何……!?)
それは普段生活する上では、滅多に出てこない言葉だろう。
当然その真意が気にはなるし、ここで聞かねば流されてしまう。
―『そういえば鬼鮫さんは、イタチから聞いてるんですか?彼が、こんなことをやり始めた理由……。』―
……それに、そうだ。本当はちゃんと知りたいんだ。
イタチがアタシとの恋人を銘打ってまでしたいことが。
―「nameストップ。」―
―『え、今度は何イタ……ひゃいぃ!?あっぶな!何々、目潰し!??』―
―「あぁすまない、少し気になってな。今日のnameは二重瞼だったから。何かいいことあるかもな。」―
確かにボディタッチは増えたし、それを匂わせる意味深なセリフも多々ある。
それでいてもなお、これがイタチとの恋にならないと強く言える理由があった。
―「“この部屋で”オレと、恋人になってくれないか。」―
―――そう……“この部屋で”、だ。
だって普段の送り迎え時に、彼がそのような行動をとった試しは一度だってない。
そんな彼の態度を見るたびに……今あるこの関係が、制約された時間であることと。
こんなちっぽけな空間で起こり得る事象でしかないことを、色濃く感じてしまう。
―「何よりうちの社長は、nameの身に何かあればただじゃ済まさないだろうな。」―
―――彼が監視役であることと。
―「今日からオレが、お前の世界だ。オレはお前を、うちはにする。」―
―――彼自身が口にしたことは忠実にやり通すこと。
この二つの指針がある限り、アタシたち二人の関係が恋に変換されることはないんだろう。
(はぁ〜、ほんと何がしたいんだろうなイタチ。でもそれに釣られるアタシもアタシ……)
「name、そんなところに突っ立ってないで、ほら。」
『え……?』
アタシが顔を上げてみれば、デスクの椅子に腰かけたまま、その長い足を組んだイタチと。
とろとろの黒蜜を滴らせた、スプーンいっぱいのあんみつ……いや待て、何かそれ最近見たような光景な気が……、
「はい、アーン。」
『ってやっぱりぃ!!?そそそんな子供扱いしないでいいから、イタチ一人で食べなよねぇ!?』
「遠慮することないだろう?元々nameの金で買ったんだから。」
『いやいやいいって!!そういう変な気ぃ回されてもアタシ困るし、』
「それに、何だかんだオレはnameのやつも食べてみたい。これならおあいこ、な?」
『う……!』
アタシの手に収まるそれを条件に、また上手いこと丸め込もうとしてくるイタチ。
―『い、イタチ…!!』―
―「ん、何だ?」―
―『いや…手、熱っ……!』―
だがそんなアタシの脳裏をよぎるのは。
当然、いつかのあの熱っぽさ。
(こ……これからイタチとの接触は、慎重にいかないと……!)
これ以上、変な気を起こさないためにも。
アタシは近寄ればまず、イタチからそのスプーンを受け取ろうと手を伸ばした。
―――ヒョイ、
『あれ……イタ〜チぃ…?』
「駄目だ、口を開けろ。」
『い…いや、そんなに“アーン”にこだわらなくても、』
「前にサスケにはやらせていただろう?だったらオレでも問題ない。」
『いやいやいや!!だってあのときはサスケくんふざけてたし、』
「オレはふざけちゃいけないのか?」
『いけなくないけどぉ〜!?っていうかふざけてるイタチって想像つかないんですけどぉ〜!?』
「まぁそう言うな、オレも実はやってみたかったんだ。」
『なに兄弟揃って“アーン”に変なロマン感じちゃってるのよぉ!!?』
アタシが愕然としてみせるが、イタチは平然とまたそのスプーンをアタシの顔の前に持ってくる。
皆さんご存知かどうか知らないが……イタチはそう、ごくたまーに、変なところで頑固である。
アタシが隙をついてスプーンに手を伸ばそうとするも、彼の反射神経には敵うはずもなく。
もはや仕方なしに、アタシは思い切って身を乗り出すと。
―「……name、すごい濡れてる。」―
―――何故か両目をギュッとつむって、その口を広げた。
『っはむ…ん…!』
「name、垂れてる。」
『んっ!ごめん……!』
口に収まった瞬間すぐ身を引いたのが、いけなかった。
溢れた黒蜜が口の端を伝えば、反射的に体が再び前に出た。
『!っんあ!?』
イタチと接触を回避しようという、アタシの思惑が功を奏することもなく。
逆に不安定な姿勢が、更なるバランスを崩してしまい。
慌てて両手を伸ばした先で、ガタリと椅子にアタシの体重が加われば。
―――んちゅう、
『ッ……!!?』
あろうことかアタシは……イタチのそれに、接触した。
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