10.
(思えばあの時からだったんだなぁ、イタチのこと好きになったのも……。)
話は戻って現在、伯父の部屋。
『で、できたよイタチ!これでいいの?』
「ん?どれ……あぁ、それでいい。問題ない。」
『よ、よかったぁ!なんかコレ、人の仕事だから無駄に緊張するんだよねー。しかもぜ〜んぶ重要な書類ばっかりだし……。』
正直、わからないところを何度もイタチに質問しているため。
仕事全体としての進み具合や、イタチ個人の作業効率は格段に遅くなったんだと思う。
「と、そうだname。悪いがコーヒーを頼めるか?」
『あ……うん、そうだね!ごめん、今持ってくるから!』
「ゆっくりでいいぞ、そんなに慌てることない。」
『わかってるよ!慌ててコーヒーひっくり返したり、またカップ割っちゃったりなんてヘマしないから!』
そうして備え付けの給湯室に足を運べば、持参したビン詰めのインスタントコーヒーを手に取る。
すぐ横には、ちゃんと立派なコーヒーメーカーが構えているのだが。
庶民のアタシには、やっぱり手軽なこっちのほうが合ってる。
(でもじゃあ、何でイタチはアタシとこんなこと始めたんだろう……。)
そうして一人、ポットの給湯ボタンを押しながら。
アタシはまた、その思考をぶり返していた。
(そもそも、イタチが好きになる女性って、どんな人だろう……。)
いや、そんなの考えるまでもない。
きっとイタチは大和撫子みたいな、おしとやかな女性がタイプだ。
―『で、できたよイタチ!これでいいの?』―
そしてそれは、いちいち書類の内容を確認しに来る能率の悪い人間でも。
―「と、そうだname。悪いがコーヒーを頼めるか?」―
口で言われなきゃコーヒーも汲んでこれない……そんな気配りのない人間でも、ないはずだ。
(……って駄目駄目!またこんなことばっか言って!アタシがアタシを悲観したところで、イタチには何もプラスにならないんだから!)
ペシペシと両頬を軽く叩いて、アタシは気持ちを切り換える。
そうして口の両端を指で押し上げれば、ニッコリと。
食器棚のガラスに、笑顔をつくった自分が映り込む。
『……うん、よしっ!』
……ただでさえ仕事漬けのイタチなんだから。
少しでも気が楽になるようなことであれば、何でもしてあげたい。
『はいイタチ、お待たせ!熱いから気を付けてね。』
「ん、あぁ。悪いな、こんな雑用みたいなことさせて。」
『いーのいーの!どうせただ居たって雑用くらいにしかならないんだから!イタチも遠慮せずに、アタシのことどんどん使っちゃって!』
「ははっ、それはなかなか頼もしいな。」
努めて明るい声を出すアタシに、イタチも途端に笑顔になる。
良かったぁ……っと、いけないコーヒーコーヒー。
アタシはカップを両手持ちに直す。
そうして比較的ゆっくりと、慎重にそれを手渡そうとした……のだが。
―――ふわっ、
(!!?あ、れ……!?)
だがしかし、何をどう間違ったのか。
イタチの両手はごく自然に、アタシの手ごとカップを包み込んできた。
『い、イタチ…!!』
「ん、何だ?」
『いや…手、熱っ……!』
カップとイタチの体温に当てられ、アタシの手は必要以上に熱くなる。
次第にジットリとかいた手汗が、イタチの触れている手の甲にまで染み出そうだ。
(だ…!駄目だ駄目だ、意識したら負けだ、平常心平常心……!!)
だがそんなアタシに不幸は容赦なく。
一度カップに落とされていた視線が、ゆっくりと持ち上がってアタシを見ると。
―――まるでカップは二の次で。
その手の指は、指先は……アタシを底から撫で付けるようにして、離れた。
『……っ!んあ…』
瞬間、何かが背筋をゾクゾクッと駆け抜け、無意識のうちに変な声まで出てしまう。
「大丈夫かname、寒いのか?」
『ん…!?い、いや何でもない何でもない!ちょっと立ちくらみが〜なんて、』
「何だ、体調でも悪かったのか?ならオレの手伝いはいいから、もう休め。」
『い、いやいや嘘!!立ちくらみ嘘!!そういう意味で言ったんじゃないから!!だからイタチは気にしないで、』
「じゃあオレも疲れた。だから少し二人で休憩しよう、な?」
『“じゃあ”って何よ“じゃあ”って!それ絶対アタシを休ませるための口実でしょう!?』
しかし残念ながらアタシの叫びは届かず、ディスク前に据え置かれたソファまで誘導されてしまう。
あと少し傾いただけで、互いの肩が触れてしまえる距離にいた。
(うわー、うわー!!アタシ静まれ〜!普段ならどうってことない距離じゃん!あわわわ、言ってる側から……、)
じわぁ…、
また嫌〜な汗が、アタシの手のひらに沸き上がる。
アタシはイタチに気づかれないよう、未だに熱を持つ両の手を背後にそっと隠した。
『あ、あのさイタチ!ホントごめん、ホントに嘘なの!アタシはほら!この通りピンピンしてるから、』
「体調が悪いなら悪いと、来る前にちゃんと連絡しろ。熱はないのか?」
『って聞いちゃいない!!もー熱なんかないって!そもそもイタチは心配性すぎるっていうか、』
「じゃあやっぱり疲れか。もうここに通いつめて三日は経つし、そろそろ体力的にも限界だよな。」
『だ、だからそうじゃないって!』
するとイタチ、途端に黙り込んだかと思えばジッ…とアタシを観察し始める。
(……え……な、何この神妙な空気……。)
だが次にはみるみる距離が縮まり、両手を後ろにしたアタシは成すすべもなく。
……間もなく耳に、ふっとイタチの声が触れた。
「だとすると、アレか。」
『へ……はい…?』
「生理だろう?せ、い、り。」
『っ!?ふぇええい!??』
ビクン!!と、それはもう盛大にアタシの肩は跳ね上がった。
だ、だだだだってまるで「ヒ・ミ・ツ」と囁かんばかりの色っぽい声……あ、それに比べてアタシの悲鳴?
けどやっぱり耳のこそばゆさが勝って、アタシの顔はみるみる真っ赤に。
『せ、せせせ……!!』
「図星か、やっぱりな。今日は朝からやけに落ち着きがなかったから。」
『い!いや!いつも通りだから!!っていうかそうやっていつも斜め45度に詮索してこなくていいってイタチ!!』
「生理のときは下腹部を温めるといいらしい。それより生理は二日目か?だったら痛むよな、痛み止め薬は持ってるのか?鉄分は足りてるか?甘いお菓子が食べたくはないか?」
『いちいち内容がリアルすぎる!!っていうか何でそんなに詳しいの!?』
「無理に連れてきて悪かった……今日はもう帰ろう、それとも少し横になるか?」
『いいからお願いっ!!人の話を聞いて!!』
完全に暴走しかけているイタチに、その距離に。
アタシはもう、いたたまれなくなって顔を全力で反らした、直後。
べちっ、
『……あ………、』
イタチから距離をとろうとしたアタシは、思わず左手が出てしまい。
先程のカップとイタチの熱に当てられた、じっとりと湿った手のひらが。
それが向かいにある右頬に張り付いて……ヌルッとイタチの頬を滑る。
「……name、すごい濡れてる。」
『っひ……あ…!!』
濡れてるって、そりゃま事実だけど、イタチの口からそんな……あぁ…!
また変な妄想が頭中を駆け巡る中。
茹でダコに出来上がったアタシは既に、卒倒していた。
過保護系男子「っ、どうしたname!?急に倒れ込んで、そんなに痛むのか?腹か?頭か?」
『いや、どっちかっていうと心臓に悪いっていうか……って近い近い!!そ、そんな上から来られたら、ひゃあ!??』
「首の動脈が早いな……待ってろすぐに医者を呼ぶ。」
『呼ばなくていーからアタシの上から退いて!?今すぐにぃ!!』
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