3.
「待てゴラァ!!トビぃ!!」
「キャア〜!デイダラ先輩に襲われるぅ〜っ!」
またいつものごとく、オイラがトビの野郎を追いかけていれば。
ここでタイミング悪く、nameの奴が廊下を曲がってきやがった。
―――ガバッ、
「え〜ん、デイダラ先輩がイジメてくるよ〜!nameちゅあん助けてぇ〜!」
『あぁよしよしトビくん、もう大丈夫だよ。』
途端に自身に抱きつくトビを、嫌な顔一つせずに迎い入れるname。
よしよしと精一杯つま先立ちしながら、その手で奴の逆立つ髪を撫でている。
『デイダラ、今日はトビくんが何をしたっていうんだい?』
「あ゙あ!?オイラの辞書を借りパクった挙げ句、無くしたなんてほざきやがるんだぞ!!うん!!」
『それは確かにトビくんが悪い。借りパクは立派な犯罪です。』
「でもnameちゃん、先輩ってば辞書に名前を書いてなかったんスよ。だからボク誰から借りたのかすっかり忘れちゃって。」
『じゃあやっぱりデイダラも悪い。』
「なわけねーだろ!!うん!!」
んな理不尽な理由で無罪放免にされてたまるか、うん!
そう思えど、name裁判長はトビにとことん甘い。
『まぁ今回のことはお互い水に流すとして、』
「いや、結果的にはオイラしか流さないだろ!トビの奴は何も被害被ってねぇじゃねぇか!」
「仕方ないっスねぇ。アイテッ。ほら、こんなところに先輩から受けた拳骨が。ボクはこれを水に流すとしましょう。」
「偽装工作してんじゃねぇよ!!」
『ほらこれで喧嘩両成敗。許してやんなよデイダラも。男の子でしょ?』
―――ビクリ。
思わず揺らいだオイラに、加えて諭すような視線を寄越すname。
あのトンチンカンなnameのことだ、決して大した意味など持ち合わせちゃいないであろうそのセリフ。
―「結婚しようとか散々言うならよ。それなりにオイラを男扱いしろって、」―
―『許してやんなよデイダラも。男の子でしょ?』―
……だがそれだけで。
オイラは何も、言えなくなる。
「……こんなときばっか男扱いすんなよ、馬鹿。」
『ん?何か言ったかいデイダラ?』
「何でもねぇよ!ったく………トビ!テメー次また何かやらかしたら、今度こそ爆発させっぞ!うん!」
「うわぁ酷いや先輩。」
『大丈夫だよトビくん、そのときはアタシが何とかデイダラを説得してあげるから。』
「頼もしいやnameちゃあん!」と一声上げれば、また熱烈なハグをnameに送るトビ。
それを受けるnameもnameで、同時に抱き返していることからまんざらでもない様子。
自分のクラスへと戻っていくオイラの背後では、その後も典型的なアハハウフフな会話が繰り広げられていた。
「っあのおせっかい馬鹿が……。」
「単に母親気取りなだけだろ、nameの奴。」
「いい歳した男相手にアレだぞ!?考えらんねぇよオイラ。」
「まぁな。あの大男のトビがナヨナヨしてんの見て構いたくなるなんざ、女ってのは不思議な生き物だな。」
そうして自分の席につけば、サソリの旦那が的確な反応を示す。
オイラの前の席で横向きに、その手の参考書を読みふける旦那は。
この学校での数少ない常識人だ。
『まぁまぁデイダラ、そう落ち込むなかれ。』
「……もう帰ってきたのかよ。お前なんか一生トビに引っ付いてろ、うん。」
『辞書のことはちょっと残念だったね。でも大丈夫、デイダラにはアタシの知識のハンマーを授けようじゃないか!』
そう言って自信ありげにドサリと置かれたのは、典型的なブ厚い国語辞書。
丸字の可愛らしい字でしっかりと、nameの名前がほどこされている。
「……いや、オイラに授けたらお前が授業で困るだけだろ。つーかオイラ電子辞書派だし。」
『いかんいかんよデイダラくん、紙辞書を侮っては!試しにほら、“デ・イ・ダ・ラ”の意味を調べてあげよう!そらそら〜!』
「いや、何だよオイラの意味って。載ってるわけないだろオイラの名前なんか、」
『ほら見っけ!何々。“デイダラ”、粘土ポ○モン。いつもうんうん唸っては粘土臭く、何かを爆発させないと気がすまない。必殺技は“空を飛ぶ”“自爆”。』
「ポケ○ン図鑑風に言うな!つーかろくなこと書いてねぇじゃねぇか!うん!!」
『ちゃんとことわざにもなってるよ、“デイダラも木から落ちる”。』
「落とすな馬鹿!!」
手書きで継ぎ足された変な項目に、オイラは耐えられず頭を抱えた。
……と、そこで更に不自然な項目があることに気づく。
「……おい、その最後の方にある“関連項目「name」を参照”って何だよ、うん。」
『あ、じゃあついでにそれもひいてみようか。どれどれ……。』
オイラからの指摘に素直に従い、ページをペラペラとめくっていけば。
何度も書き込み直したのだろうか、少し薄汚れたページがぱさりと開かれた。
『あったあった!んじゃ読むよ〜!“name”、知る人ぞ知るデイダラの幼馴染み!』
「いや、既に周知の事実だろ。うん。」
『デイダラについては765ページに記載。また、これから記入する内容は全てトップシークレットである。』
つまりはマル秘ってことらしいが、自分でそれを言っておいて気づいているのかいないのか。
nameはそのまま、オイラに以下の項目を読み聞かせ始める。
『まず幼い頃に撮ったデイダラとのツーショットが家宝で、毎朝それに話しかけるのが日課である。』
「……へぇ。」
『好きな色はブルーと黄色。趣味はお料理づくりで、試作品のおでんはまだ本人にも内緒だ。』
「はぁ……、」
『好きな匂いはアタシが選んであげたシャンプー、密かにその髪を毎日クンクンしている、これも内緒。』
(マジかよ、つーか横で旦那も聞いてるし……。)
『デイダラ作の粘土の鳥さんと、夜空をお散歩する夢をよく見ている。そんなデイダラっ子なアタシには、とっても大きな夢がある。』
と、そこまで言って辞典からおもむろに顔を上げるname。
ぼーっと見ていただけのオイラの視線とぶつかれば……それにニコリと微笑まれた。
『ご存知、デイダラと結婚すること。これは二人の一般常識。』
「…………。」
『だから絶対結婚してね、デイダラ。』
愛されすぎ、注意「そんなことよりname、さっきのことわざに“デイダラの川流れ”も入れとけよ。」
「……ってオイラの項目、旦那の入れ知恵だったのかよ!」
『うん、わかった!あ、みてみてサソリ!ここの隅っこにパラパラ漫画もつけたんだよ!“デイダラも歩けば棒に当たる”、渾身の出来栄え!』
「お前らことわざシリーズ増やすな、うん!!」
prev | next