21.
(…………え……?)
はじめて見る、恐い顔のデイダラがいた。
何かに怒っているようで、どこか無表情。無表情なようで、どこかギラついた目。
その目が、アタシの上に食い入るようにのし掛かっていた。
『な、何してるの?デイダラ……、』
「…………。」
触られたお腹が、こそばゆい。
だけどまるで蛇に睨まれた蛙みたいに、全く身動きできなかった。
するとデイダラの手が、アタシの左耳から髪をすく……と。
『っ!?いっ痛ッ……!!い、痛いよデイダラぁ…!!』
その手が拳になって強く握り込まれたおかげで、アタシの髪の毛がブチブチと音を立てて抜けた。
……何が起きたのか、理解できなくて。
声を出しても、まるで届いていなくて。
すると今度はその無機質な表情が、アタシの方に下りてくる。
(なに……やだ、怖いっ……!!)
目の前にいるのは、大好きな幼馴染みのはずなのに。
もはや得体の知れない何かがしでかす恐怖に怯え、咄嗟にギュッと目を瞑った。
ーーー次にはヌルッと、生温かいものが下唇を舐めあげた。
(なに、これ……何してるの、コレ……!?)
その舌が執拗にアタシの唇を這って、遂には唇全体を覆った、次の瞬間、
ガリッ…!!
『痛っ……!!あっ…、……!!』
その歯がアタシの唇に食い込み、どんどんどんどん皮膚をいじめる。
(痛いっ……イタイ……怖いっ……怖いよぉ……!!)
でも本当に恐ろしいとき、人は声なんか出てこなくて。
顔の周りを次々と噛み切られ、その爪がアタシの体に何度も赤い線を走らせても……アタシはただ、その与えられる痛みを受け入れるしかなかった。
それは猛獣が、獲物を捕食するさまに似ていた。
(助けて……助けて…誰、か……
……誰に………?)
アタシは自身の胸に問いかけ、そこで絶望するのを感じた。
だって、こんなとき一番に味方になってくれるのはデイダラなのに。
デイダラしか、いないのに。
ー「オイラが教えてやるよ。本当に取り返しのつかないことがどういうことかって。」ー
こんなになってしまった幼馴染み以外に、アタシが何を頼れるっていうんだろう。
『……ケ…テ、クダサイ…』
……そんな希望を無くした人間は、相手にそれを乞うことしかできない。
ママがいつも、パパにそうしていたように。
『タス…ケテ……クダサイ……』
「ッ……!!」
『ユルシテ、クダサイ……ドウカ…ドウカ……!!』
ようやく、その胸にも届くものがあったようで。
痛みは止み、距離を置いたその表情は、困惑したようないつもの顔の幼馴染み。
でも、アタシは忘れない。忘れられない。
(ママ、いつもこんな気持ちだったんだね……。)
こんなに怖い思いをしてたのに、あの日何もできなくてゴメンナサイ。
『ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ……!!』
あの日、パパに暴力されるママを見て、ただ息を潜めることしかできなかった。
助けを求める相手もいなかったあの日のママの気持ちを、こんな形で理解するなんて。
ー「パパはね、変わっちゃったの。男の人って、そういうものなのね……。」ー
ーーーそう。デイダラは、変わっちゃった。
ー「変わんない!!オイラ絶対変わんないって約束する!!だから絶対結婚するからな!!約束だからな!!」ー
あの日の約束も、粉々になった。
思い出、上書きアタシがそれを脳内で書き換えるのには、充分すぎる出来事だった。
prev | next