デイダラ長編 | ナノ
22.














今日から夏休みで、本当に良かった。






「やだわ、せっかくの夏休みなのに夏風邪なんて。本当に病院行かなくていいの?」

『う、うん大丈夫。寝てれば治るから……』

「そう……じゃあママお仕事行ってくるから、辛くなったらデイダラくん呼ぶのよ?」






今その名前が出てくるとは思わず、アタシはビクリと肩が跳ね上がる。

幸い風邪による身震いだと勘違いしたママは、そのままアタシの布団をポンポンすると行ってしまった。






『……良かったぁ、ママにバレなくて。』






アタシは布団から出ると、鏡の前でマスクを外す。

ようやく血が固まった状態の傷口が、痛々しいくらいに残っている。



シャツをめくると、同様の赤い線が何十本と走っていた。






『隠せるところで良かった……お風呂、当分入れないや、ハハ……。』






そんなカラ笑いが出てくるまでに、アタシの気持ちは回復したみたいだ。でも。






(デイダラとは、当分顔合わせらんない……ていうか、これからどうしたらいいんだろう……。)






昨日、正気に戻ったデイダラがお薬箱を取りに部屋を出たタイミングで、慌ててアタシは逃げ出した。






怖い……今でも名前が出てくるだけで、怖くて怖くて堪らない。






でもだからといって、ずっと家で引きこもるわけにもいかない。

今日も忙しいママに代わって、アタシがご飯だって作らないと。
























ーーーーーーーーーーーーーーーーーー






(ここのスーパーならいない……よね……?)






そう思って来たのは、ご近所の更に遠い遠いところにあるスーパー。

帰りも3倍近く時間がかかるけど、背に腹は変えられない。






(あ、そうだ。読書感想文なんにしよ……。)






学校の図書室で借りるの、すっかり忘れちゃった。






何事もなく買い物を終えたので、心の余裕からか。

アタシは隣接する本屋さんに、本と涼しさを求めて入店した、直後。






『あ、サイくん……。』






思わず声に出ちゃったアタシの馬鹿。

新刊コーナーを眺めていたその人が、アタシに呼ばれて振り向けばやっぱり。






「……いた。やっと見つけた。」

『お、おはよー……なんちゃって……』

「なに、買い物してたの?」

『う、うん。買いすぎちゃった、えへへ……』

「僕が持つよ。そんなんじゃ本選べないでしょ。」

『え、あ、ありがとう……。』

「で、何の本探しに来たの?」

『え?あ、あぁそうそう。読書感想文のやつさ、まだ選んでなくて、』

「じゃあコレ。薄いからすぐ読めるし、テーマが簡単だからすぐ書けるよ。」

『へ?は、はい。』

「僕が買ってきてあげる。」






そう言うと買い物袋を持ってくれたサイくんが、手ぶらなアタシを置いてさっさと会計に行ってしまう。






にしてもあんなことがあったのに、平気で会話ができるなんて何だかんだタフだなぁアタシ。



なんてことを考えていると、これまたさっさかサイくんが戻ってきた。






「はいどうぞ。書けるといいね感想文。」

『あ、ありがとう……って選ぶ必要なかったから、結局荷物持ってもらった意味ないや、はは。お金いくら?』

「いいよ、あげる。」

『えぇ!?そんないいよ、だって新刊だよ!?高かったでしょ!?』

「別に新刊だからって値段高いわけじゃないから、レンタル店じゃないんだし。」

『そうなの?で、でもやっぱり悪いなぁ、』

「じゃあ少しついてきてくれる?」






そう言って買い物袋を持ったままお店から出て行ってしまうので、アタシもやむなくついていくしかない。



うぅ、これが丸め込まれるってやつか。こちとら昨日の今日で気まずいってのに、うー……。
























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そうして連れられるがままに来たのは、小川が臨める町中の小さい橋の上。

木陰にもなっていて、丁度良く風も吹いている。






「わりと涼しいでしょ?」

『う、うん。きもちいね、ココ。』

「でさ。」






そういきなり前置きして切り出したのは、やっぱり例のアレのこと。






「昨日、何で逃げちゃったの?」

『ど、どストライク……!』

「僕なにか勘に触る事でもした?」

『いや、まぁそのですね、あの、』

「やっぱりキスしたから?」





さも分かりきっている理由をあえて口にするサイくん。



逃げ場を失ったアタシは、それでも『うーあー』と口ごもる。






『え、まぁ……その、びっくりしちゃって……』

「だからって逃げることないと思うけど。」

『そ、そうだよね、でもあのときはちょっとパニクってて……ごめんね。き、傷ついた?』

「傷ついた。」






なんて、まさかそのまま返されるとは思わなくて。






アタシが思わぬ返事に固まっていると、アタシを見ていた視線が一度川の方に外れる。






「ねぇ、一つ聞いてもいい?」

『え……は、はい!』

「君のこと、なんだけど。これからは、その……、」






すると何事もどストレートなサイくんが、このときはじめて言い淀む。



すると困ったようにカリカリと頬を掻き……視線を更に斜め下へと外して、ようやくポツリ。






「Mちゃんって、呼んでもいい……?」

『…………。』






い、いいですとも!!いいんですともー!!ザッパーン!!






と波打ち際の光景が目に浮かぶほどの衝撃。



だってあの毒舌無神経サイくんが、昨日のトモダチ発言に引き続き名前呼び!!しかもちゃん付けって!!






『い、いいよ!ドシドシ呼んでよ!だけど何か今更照れ臭いね!』

「はじめはね。すぐ慣れるでしょ、君のことだもの。」

『えへへ、そうかな?まぁそうなんだけどさ!うふふ!』

「でも良かった。もう話もできないんじゃないかって、思ってたから。」






すると今度は橋の欄干に肘を付き、頬杖をつくみたいにして喋り出す。






「あんな逃げられ方したら、誰だってそう思うでしょ。」

『……そ、そうだよね。ごめんね、サイくんのお家に行く約束もしてたのに……。』

「でも、誰しもがこんな感情抱くのかな、君に対して。」

『うん?……ど、どんな?』

「聞きたい?」






そう前置きするサイくんに……アタシはこのとき、何故かその中身を聞きたくないような。

そんな気がふとしていたんだ。






でもサイくんは、アタシの同意がなくてもお構いなしで。






「Mちゃんの隣にいると、今もこう気持ちが高揚して熱くなるし。昨日キスしたときなんか、このまま破裂するんじゃないかってくらい心臓の音が速くなったりして。かと思えばそれがMちゃんに拒絶されると、散々うるさかった心臓が一瞬で冷めて、締め付けられるみたいに苦しくなる……これって何ていう感情か知ってる?」






つらつらと語り終えたサイくんに、それを聞かれ。



……そんなの、幼馴染みに対して幾度となく経験したアタシには、とっくに分かりきっていた。でも、






『……ゆ……友情とかかなぁ?』

「………ふーん。」

『ほ、ほら!友達と一緒だといるだけでこう楽しいし、喧嘩しちゃうと胸がこうキュウッてするっていうか、』

「それ本気で言ってる?」






そう突かれて、ギクリとした。

するとサイくんが身を起こし、アタシの前で向かい合うと。






……腰をくの字に折り曲げて、アタシの耳元でそれを告げた。






「嘘つき。」

『!!』

「好きだよMちゃん、僕に感情をくれた人。くれたんじゃなくて、実は君が全部持ってたのかもね、僕の感情の全て。」






言いたいだけ言うと体を起こし、元の直立に戻ったサイくん。



……今アタシ、どんな顔してるんだろう。






「もしもそうなら、どんなに探しても見つからないわけだよ。」

『え……いやでも、アタシ……』

「今は別にいいよ、君がどこの誰を好いていようと。」






否定されると思ったのか、サイくんは先を越すようにアタシの言葉に被せてきた。






……でも正直、今のアタシがデイダラを好きだと声を大にして言えるかは怪しい。

だけどそれを知らないサイくんは、見えない相手に向かって宣戦布告をした。






「だってこれから僕のこと、絶対好きにさせるから。」
























告白、コクハク

アタシを見つめたままニコリとしたサイくんは、これまで見たどんな表情にも勝るほど生き生きとした顔だった。


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