19/4.
オイラはずっと、考えてた。
何をしたら、あのnameが立ち直ってくれるのか。
「デイダラ、母さんお見舞いに行ってくるから、nameちゃんをよろしくね。」
そう言って視界から消える母ちゃんを横目に、ひたすら悶々と思考を巡らせる。
母ちゃんは入院費とか、お見舞いとか、nameの衣食住とか。
nameに出来得る全てのことをしていた。
ーーーじゃあオイラは?オイラはnameに何が出来る?
「……うん?何だこれ?」
ふとゴミ箱の捨てられた紙に目が止まり、それを取り出してみる。
それは遊園地のチケットだった。しかも子供用2枚。
(買った日にちがnameの母ちゃんとデートだった日……これってもしかしてオイラとnameに……?)
両名の親が出かけるので、留守番になるオイラとnameの暇つぶしになるよう購入していたのかもしれない。
だが例の件でそれどころではなくなってしまったため、あえなくゴミ箱行きとなってしまったんだと予想できた。
ーーー使用期限は、月末。つまり今日まで。
バンッ!!
「おいname!行くぞ!」
『!!デイ…ダラ……?』
扉を勢いよく開けたせいか、ビクリと肩を震わせるname。
部屋は真っ暗だった。カーテンも締め切り、しかも外は雨で薄暗い。
オイラはnameの手首をガッチリと掴んでいた。
「出かけるぞ、うん!」
『い、イヤ……一人にして……』
「いーから行くぞ、うん!」
有無を言わせず部屋から引っ張り出し、一枚しかないカッパと、一足しかない長靴を履かせる。
自分は大人用の傘とスニーカーで、雨降る町へと繰り出した。
(ふんっ……雨が何だってんだよ、うん。)
水で重くなり始めるスニーカーなんて、気にもならない。
オイラは一秒でも早く、nameを笑顔にしてやりたかったんだ。
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空は雨。気分も相まって最悪だった。
「ほら、チケットちょうだい。ほいじゃ、いってらっしゃい。」
愛想の無い店員に、そう見送られて。
アタシたち二人は、その湿ったゲートをくぐった。
「ほら行くぞ、うん。」
『…………。』
「迷子になるなよ。オイラが引っ張ってってやるから。」
……帰りたい。初めからうんざりだった。
カッパに長靴姿のアタシに対して、ズボンまでビチャビチャにしたデイダラは。
しとしとの雨に打たれて、ひたすらアタシの手を引いていった。
(何が遊園地…何が、夢の国……。)
店員も入場者も。みんなが暗い顔をしている。
たくさん乗り物にも乗ったけど、遊具はどれもぐしょ濡れ。シートもべちゃべちゃ。
メリーゴーランドの音楽なんか呪いのようだった。
「おいname、次は何に乗る?」
『やだ……歩きたくない…。』
「じゃあアレで決まりだな。」
そう言って指差したのは、夢の国で一番高い場所。
唯一濡れないシートに向かい合って腰かけて、アタシたちのゴンドラはゆっくりと昇っていった。
(……こんな高いとこ、はじめて……落ちちゃったらどうなるんだろう……)
自殺願望が芽生えないながらも、このときアタシの本能は、落ちることを望んでいたのだろうか。
外の景色を見ながら、唯一そんなことをボーッと考えていた。
「もう何だよおまえ!ちょっとは楽しそうにしろよな!うん!」
『……だってつまんないもん。こんなの早く終わりにしたい。』
「あのなぁ、オイラがどんだけ考えてっ……」
突然逆ギレしだしたデイダラだったけど、口をつぐめばひと呼吸もふた呼吸も置いて冷静さを取り戻したみたいだった。
「いや、その……ごめん。つらいのに無理矢理つれてきて。けどオイラ本当にnameが、」
『いいよ、もう……これ降りたら帰ろう。』
「…………。」
ついには押し黙ってしまったデイダラも、アタシが見ていた外の景色を見下ろす。
「……オイラの母ちゃん、めちゃくちゃ反省してた。nameの母ちゃんを誘わなきゃよかったって、ずっとずっと……」
『ちがうよ、デイママは悪くないもん……アタシが全部悪いんだもん……』
「はぁ?何でnameが悪いんだよ?おかしいだろ?」
『おかしくないもんっ……パパとママが結婚しなければ、ママも幸せだったし、パパも怒んなかった……パパとママが出会わなければ、アタシなんか産まれなければ、ずっとみんなが平和でいられたのに……』
「おいname、」
『どうして結婚しちゃったんだろう……!アタシのママも、デイママも……幸せになれないのに、どうして結婚しちゃうんだろう……!?』
「……結婚したことは間違いじゃないだろ、うん。」
そう言って否定すれば、デイダラは両側に手をついて天井を仰ぐ。
「オイラたちの親が結婚して、オイラたちが産まれて……そもそもそれがなかったら、こうしてお互い出会うこともなかったわけだし。オイラはnameに会えたことが間違いだったとか、考えたこともないけどな、うん。」
『……っどうしてそんなこと、』
「オイラはnameが大切だから。」
そんなストレートな言葉を真に受けたのか。
このときアタシの心臓が、キュッと音を立てたみたいに縮こまった気がした。
「オイラがnameを必要だって思う限り、おまえが生きてることには意味があるっていうか、生まれたことに間違いなんかないだろ?うん。」
『……じゃあ、必要じゃなくなったら…?デイダラにもっと大切なものができて、アタシが要らなくなったら……?そしたらアタシはもう、』
「だったらもう、幸せになるしかないだろ。」
するとトンッと向かいの椅子から飛び降り、アタシの前まで来たデイダラ。
しゃがんで目を合わせると、その前髪からはたくさんの雫が滴り落ちてくる。
そうして目の前の小さな男の子は、何の抵抗もなくそれを口にした。
「なぁname、オイラと結婚しよう。」
『!?』
「オイラがずっとnameと一緒にいるっ…!オイラがずっとnameを幸せにする……!」
『っ……でも男の人は変わっちゃうって、ママ言ってた……男の人はそういうものだって、パパはそうやって変わっちゃったって、』
だがそんなアタシのセリフを覆うように、デイダラは咄嗟にアタシを抱きしめる。
その腕の力は子供には似つかわしくないほど強く、その決意が頑ななものであることを疑わせないほど。
「変わんない!!オイラ絶対変わんないって約束する!!だから絶対結婚するからな!!約束だからな!!」
どんどん強い口調になって言い切るデイダラに対し、はじめは驚きで見開かれていたアタシの目は。
次第にジンジンしてきたかと思うと……途端にポロポロと熱いものがこぼれ落ちてきた。
『っ…、うん、うん……!!やくそく…ゼッタイ……!!』
「あぁ!約束だぞ、うん!!オイラたち絶対結婚しような!!」
そう言ってお互いに、誓い合った。
他に見る者のいないその場所で、お互いの胸にだけ刻まれた誓いだった。
観覧車エンゲージアタシが生きる目的は、このときからずっとデイダラしかなかったんだ。
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