19/3.
「おーいname!早く来いよ、うん!」
『こ、声おっきいってば……!』
「いーから早くしろよ!今日はnameの好きなお店屋さんごっこしてやるぞ、うん!」
また今日も同じ公園の、同じ砂場を陣取っては、デイダラが元気よくアタシを呼ぶ。
「家から箸持ってきたか?うん?」
『も、持ってきた……よ、4本だけ。』
「よし!んじゃあnameはお団子屋さんな!んでオイラはパン屋さん!」
そう言って水の入ったバケツから、適量の水を砂場に流し込むデイダラ。
丸い泥団子を作って並べたり、箸に刺したりする作業は、芸術センスのないアタシでも出来た。
そういう遊びを、デイダラが考えてくれた。
「そういや次の休みにnameのかーちゃんとデート行くんだって、オイラのかーちゃん張り切ってたぞ、うん!」
『うん、アタシのママも楽しみにしてるみたい。前よりすっごく、笑うようになったもん。』
そう、この間公園でママに見つかった後、デイダラのママさんも迎えに来て。
親同士で挨拶したと思ったら、押しの強いデイママがアタシのママにも例のマシンガントークを仕掛けてきた。
最初はママも戸惑っていたけど、引っ越したばかりで知り合いのいないデイママと、親戚も何も頼る宛のないアタシのママは。
今では随分型にはまったように仲良くなったみたいだった。
(それもこれも、デイダラのおかげ……だよね……。)
デイダラがあのとき、アタシを否定しないでいてくれたから。
ー『…………とっ……ともだち、なの……。』ー
ー「うんっ!オイラnameと毎日遊んで楽しいぞ、うん!」ー
「おーいname、どれにするんだ?オイラのつくったのはクロワッサンと、メロンパンと、カレーパンな!nameのは何団子?」
『……ねぇ、デイダラ。』
「うん?」
『その……どうしてあの時、友だちだって言ってくれたの……?』
「何だ、そんなことかよ。だってオイラnameと遊ぶの楽しいからな!」
その言葉にパッと泥団子から顔を上げるアタシ。
ー「はぁ?オイラちゃんと教えてるだろ!こうグチャってしてベチャになんないようにして、」ー
ー『そんなんじゃわかんないもん!』ー
ー「わかれよ!うん!」ー
だってあの日、あんなに足引っ張ってケンカもしたのに……。
「一緒に楽しいことしてたら、それはもう友だちだろ?」
『……!うん、そうなの…かも……。』
「な!」
そう言って、またニカッとあの時みたいに笑うから。
アタシはすごく、安心した。
散々な環境で育って、自分には感情なんてないって思ってたけど。
デイダラのおかげで楽しいとか、嬉しいとか。少しわかってきた気がする。
「そういえば、オイラ来月から幼稚園だって母ちゃんに言われたんだけど、nameは行かないのか?幼稚園。」
『あ、アタシは行けないよ。お金ないもん。』
「そっかぁー、オイラnameと一緒の幼稚園行きたかったな、うん。」
そう言って残念がってはいるものの、さして気にしていないような口調にアタシの胸がチクリとする。
そうだよね……デイダラは幼稚園のほうが楽しみだもんね……。
「ま!どうせ幼稚園終わったら、毎日ここで会えるもんな!」
『!えっ……』
「えって何だよー!!会いたくないのかよ!?オイラは会いに来るからな!おまえもちゃんと来いよ!」
『う、うん……ありがとう……』
そんなお礼は言えたものの、目も合わせられなければ顔も上げられない。
何よりまだ、うまく笑えない。
でもきっと、デイダラと一緒ならいつか笑える日が来ると思う。
そんな根拠のないことを、なぜか自然に思えるようになっていた。
ーーーでも、アタシは後日思い知った。
ガシャアアアンと、それは大きな音で目を覚ました。
驚いたアタシが部屋の隅から覗いたそこは、まさに地獄のようだった。
「おかしいと思ったんだよなぁ、近頃妙に浮足立ってるっつーか?俺に見えないようにニヤニヤニタニタしやがって……」
「いや……やめてっ、」
「隠せてるとでも思ったか!?コソコソ色気づきやがって!!外に男でも作ったんだろこの尻軽女!!誰の許可があってんな真似ができんだよクソがぁ!!」
それは、デイママと出かける日の朝の出来事だった。
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近所の人が、通報してくれたおかげで。
パパは警察に捕まった。ママは病院に連れて行かれた。
身寄りのないアタシは、デイママのご厚意でその家にしばらく引き取られることとなった。
「nameちゃん、ご飯食べて。」
『…………。』
「本当にごめんね。お母さんのこと……本当に本当に……、」
デイママはアタシのママの入院費も、肩代わりしてくれた。
今は仕事も休んで、アタシに付きっきりでいてくれる。
デイダラも幼稚園に行けなくなった。
「nameちゃん、お母さんのところに行くけど、一緒に行く?」
『…………。』
「そう……行きたくなったらいつでも言って?じゃあ行ってくるわね。」
そう言って家を出ていくデイママは、毎日お見舞いを欠かさなかった。
アタシもずっと誘われてはいるけど……とても行く気にはなれなかった。
目には、あのときの光景が焼き付いて離れない。
(どうして……どうして、どうして……)
ママが苦しんでるのに、何もできなかった。
あんなに笑顔だったママを守れなかった。
パパはすごく怖かった、鬼のように怖かった。
何であの人がアタシのパパなんだろう。
何でパパとママは結婚したんだろう。
パパとママが結婚しなければ良かったのに。
結婚しなければ、ママは笑えていたのに。
結婚しなければ、パパは怒らなかったのに。
結婚しなければ、アタシなんか産まれなくって。
あんなに傷つくママも、あんなに怖いパパも見ないで済んだのに…………
ーーーアタシなんか、要らなかったんだ。
『ごめん……なさい…、産まれてきて……ゴメンナサイ……。』
でも幼児には、自殺したいという願望は芽生えない。
幼児が死ぬのは、病気の果て、虐待の果て、放置の果て。
自殺したいという思考が芽生えない年頃のアタシには、病気でも虐待でも、放置されて餓死にも至らないアタシには、この時間が苦痛でしかなかった。
この苦痛の終わらせ方を、知らなかった。
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