14.
昨日の今日で迎えた休日。だがアタシは朝から穏やかではない。
『……何で朝からあんたと一緒に居なきゃなんないの?』
「光栄に思え、なんたって今日のオレはフリーだ。まぁ思う存分構ってやるよ。」
『いらないからそういう不親切。』
アタシたちは今、喫茶店の一番端の席に対面するよう腰かけている。
何この地獄……いつでもサソリのドS顔が拝めるなんて。
「そういやこの前テスト結果きてたな。どうだった数学。」
『ど、どうって、』
「オレが直々に教えたからには、当然90点越えくらい余裕だよ、な……?」
『は……ちょっ、ま、何言って、』
「冗談だバカ。テメーの頭のつくりとオレの頭脳が天と地の差だってことはわかってる。」
そうして慣れた仕草で足を組み直すと、サソリは腹の底から感じの悪い笑みをこぼす。
……いけないいけない、これじゃ奴のペースにハマりかねない。
アタシは早く取り澄まそうと手元のカップに口をつけた―――がしかし、そこで眉間にシワが寄る。
『にっがぁ!!ちょ、あれ!?これアタシが注文した紅茶じゃない……!?』
「あたりまえだろ、そっちはオレのコーヒーだ。」
『は……あ、あんたいつの間に、』
「さっきまでは手元にあったはずなんだがな、いやぁ不思議なこともあるもんだ。」
『…………。』
アタシが唖然としていれば、奴は堪えられなくなったのか、今度は口元を覆いながら顔を背ける。
その反対の手には、アタシが未だ手につけていなかった紅茶のカップが。
『……人をおちょくるのも大概にして。何て幼稚なイタズラなの。』
「その幼稚なイタズラにまんまとハマったのはどこのどいつだ……ククッ、傑作。」
『いいから早く返して。このコーヒー頭からぶっかけるわよ。』
「できる勇気もないくせに。」
そう、事実サソリの言う通り。こんな公共の場でそんな野蛮なことできるわけがない。
あぁほんと、何て嫌なやつだろう。
ささやかな反抗として、アタシは精一杯の蔑むような目でサソリを見た……すると奴は何を思ったのか。
―――その口をゆっくりとアタシのカップに口つけた。アタシを上目遣いに捉えながら。
『な、ちょっと!!何でそこで一口飲むの!?』
「……テメーが不用意に飲んだ分だけオレが飲んで何が悪い。」
『何ちっさいこと言ってんのよ!!元はといえばあんたがアタシに嫌がらせなんかするからでしょ!?』
「ほら返す。」
それだけ済めば、奴はあっさりカップを戻し、その手で元のコーヒーを引き寄せる。
ほんと、何がしたいんだかさっぱり掴めない。
アタシは戻ってきたカップを乱暴に掴むと、棘の残る口調で話題をふる。
『そういえばサソリん家のおばさん、この前うちに挨拶しに来てたよ?また日を改めてご飯でも御馳走したいって、うちの母さん言ってたけど、いつ頃がいい?』
「……おふくろは、いない。」
『え?』
アタシは思わず身じろけば、ちょうど肘がテーブルにぶつかり鈍い痛みを放つ。
「おい何してんだよ、動揺しすぎだ。」
『いやそんなことより……え?何、おばさんいないって、』
「親父もだ。先月からな、海外派遣だと。」
単調に答えるサソリは、スプーンでくるくるとコーヒーをかき混ぜている。
だんだん冷静さを取り戻したアタシは『そっか、』と一呼吸だけ置き。
サソリの口つけた箇所から、自身の唇を通り喉へと紅茶を注いでいた。
(また行っちゃったんだ、おばさん達……大事なはずの一人息子を残して……。)
昔から、サソリの両親は家にいなかった。
そういう仕事柄だから今では仕方ないと思えるけど、聞けばサソリなんて記憶が始まったとき、既に自分はそのような境遇だったという。
―――以前サソリのことを“親の愛情を知らないで育ってきた”と言った理由はここに起因するわけだが。
『……サソリ…』
「んだよ。」
『またうち来る……?』
そもそもサソリとは、ご両親が家にいないと知った日から……奴が小学校4年生の時から、一緒にうちで暮らしていたのだ。
ついこの間まで……サソリが高校にあがるまで、アタシたちが同じ家から同じ中学に登校していたのは、まだ記憶に新しい事実。
しかし奴は口を開くより先に、アタシが先ほど口つけたコーヒーカップに視線を落とし。
そこでようやく答えを出す。
「……いや…。」
『別に今さらサソリが寂しいだなんて思う年頃だとは思ってないよ。ただ、また昔みたいに暮らしてもアタシは、』
「テメーが今良くても……この先きっとお前は、オレとひとつ屋根の下にいたこと。後悔するぞ。」
いつになく忠告するような据わった瞳でアタシを見るサソリ。
アタシはそんな奴の意図を図りかねて素直に言う。
『後悔なんかしないよ。サソリはアタシの幼馴染みだもの。きっとうまくやっていけるよ。』
「…………。」
それを聞き終えた奴は、一瞬ためらうようにカップを離し……また唇を寄せれば、ようやくその中身を流し込んだ。
だがそのままゆっくりと、再びアタシを上目に捉える。
そういえばお互い間接キス、なんて思うのもつかの間……その目が猫のように、次にはうっすらと三日月型を描く。
―――笑っているのではない、その探るような目にアタシは少したじろいた。
「……まぁ今はどうとでも思え。オレはお前を信用しない。」
……それはコーヒーの後味さながらに、アタシの中に酷く残った気がした。
離れる兆しこのときのアタシは安易だったのかもしれない。
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