13.
今は夏。アタシたちの住む地方では、夏祭りが他の地方よりも早い。
何でも今の時期のほうが空気が澄んでるんだとか。
がしかし、今日に限って外はあいにくの曇り空。
『花火、見れなくて残念だったね。』
「まぁそんなもんだろ。」
一通り屋台はしらみ潰した後だ。射的に輪投げに金魚すくい。
藍色の浴衣姿に狐のお面を頭につけているサソリは、案外こういうときにはノリがいい。
『デイダラたちとも別れたし……そろそろ帰ろっか?』
「……おい。」
するとそこで制止をかけたサソリ。
アタシが着崩れする浴衣と、ほつれ始めた髪をかき上げるような仕草で振り返ると。
……サソリは一度アタシから視線を落として、ポツリ。
「今から花火……するか?」
『……!』
少し控えめな声にもかかわらず、そんな幼馴染みからの思わぬ提案に、アタシは瞳を輝かせた。
正直年に一度あるかないかの貴重な顔だったと思う。
『やる、やる!』
「じゃあ一旦お前ん家に戻るぞ、それからだ。場所は近くの公園でいいな。」
『わかった!あ、デイダラたち呼ぶ?』
「あいつら家反対方向だし、いいだろ。また今度誘えば。」
『……それもそうだね、もう夜遅いし。じゃあアタシ、ついでに私服に着替えてくる。』
「駄目だ。花火とったらすぐ出るぞ。」
『えーっ、そんなぁ……すぐ終わるから!』
「駄目だ。」
断固として拒否すると、サソリはカラコロと下駄を鳴らしながら先を行く。
(……まったく、こういう時くらいエスコートしなさいよね。)
そう心の中で文句を言うと、アタシは慣れない浴衣の裾を引き上げながら、若干大股でその後をついていった。
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『うわ〜、懐かしいなぁこの公園。』
足を一歩踏み入れれば、そこはすべてが子供サイズ。
鉄棒もブランコも滑り台も。
「うるせぇよ、今何時だと思ってんだ。近所迷惑だろうがこの考えなし。」
『まさかあんたから妥当な忠告受けるとは思わなかったわ。』
「この辺でいいな。ほれよ、」
『火の元には気をつけてよね。』
水の入ったバケツを置けば、チャッカマンをその手にクルクルと回し出すサソリ。
言ってるそばから危ない、危ない。
「早く選べよ、どれにするんだ?」
『うーんとねぇ……じゃあコレ!』
「それだな。ほらこっち向けろ。」
『え、いいよ、危ないからアタシつけるし。』
「いいから貸せ。」
そう言うが早いか、サソリは肩をぶつけるようにしてガッチリとアタシの肩を抱く。
動かないよう固定されているだけなのだが、ここまで接近するのも珍しい話。
奴と密着している箇所をいつになく気にしてしまう最中にも、しかしサソリのその視線は真っ直ぐ、アタシの手元の花火へと注がれる。
―――“花火の火をつける。”
それだけに、何故かサソリの目が真剣に見えた。
バチチチ、
はぜるような音と、途端に明るくなる視界。
『わぁ、見てサソリ!きれいきれい!』
「オイあんま暴れんなよ。また火傷して腫らす羽目になんぞ、その腕。」
『え、何それ。いつの話?』
「つい去年の話だろうが。テメーが花火に火ぃつけようとして勝手に火傷してたのは。」
『そうだったっけ、』とアタシが首をかしげていれば、あからさまに呆れたようなサソリの顔。
(……あ、でもだからサソリ、さっきあんなに真剣だったんだ。)
アタシでも覚えてないような事実を、サソリはしっかりと覚えている。
そんな些細な出来事に、アタシの心はポカポカと温まっていく。
「おら次だ。どんどんいくぞ。」
『そ、そんな急かさなくても。もっと風流に楽しもうよ。ほら、サソリのにはアタシがつけてあげるから、』
「やめろ、テメーなんかに任せた日にゃあ……オレは焼けただれて、死ぬ。」
『そんないきなり火ダルマになるわけないでしょ!?どんだけ警戒されてるのよアタシ!』
「オレは見てるだけでいい。テメーがいつ暴れだすかもわからねぇからな。」
『どこの保護者……ていうかアタシは怪獣か!』
いつになくアタシがハードなつっこみを連発すれば、サソリは意地の悪い笑みをもらす。
「クククッ……テンション上がりすぎだ、お前。」
『もう…誰のせいだと思って…………あ、』
アタシが声を漏らしたのは、派手な配色の花火の中に、一際か細いそれを見つけたから。
アタシがそれをかき分けて取り出せば、ジャーンと見せつけるように突きつけた。
『ほら、これなら危なくないでしょ?だからサソリもやろっ!』
「……馬鹿か。線香花火は最後の締めだろうが。」
『だってサソリがやらないって言うからじゃない。ほら!』
アタシは半ば強引にその手のチャッカマンを抜き取れば、代わりにその繊細な花火を握らせる。
そうしてチャッカマンをおそるおそる近づける……と、見かねたようにサソリがその手を重ねてきた。
―――サソリ、冷え性なんだな。その冷えた手にだんだんと力がこもる。
『んっ……ついたぁ!』
「…………。」
チチチチ…と、他のに比べて威力はないものの、精一杯火花を散らしてその存在を主張する。
『何かいいね。ちっちゃいのにひたすら頑張ってる感じで……。』
とそこで、チャッカマンを持つ手に違和感。
見れば先ほど重ねられたサソリの手が、アタシの手の甲をなぞるように何度も往復している。
『……サソリ…?』
「…………寒ぃ……」
『……うん。寒い中付き合ってくれてありがとね。』
アタシが慰労の言葉を述べれば。
サソリは確かめるように、またその手でしっかりとアタシの手の甲を握ってきた。
いつかに話した右の指輪が光った気がした。
線香花火、落ちる、堕ちる今思えば、これが君との最後の夏。
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