サソリ長編 | ナノ
12.














今の時期になると、学校中の空気がピリピリしだす。

泣く子も黙るテスト週間だ。






かく言うアタシも、頭の出来はあまり良いとは言えない。

この時ばかりは、図書室の長机を挟んで向かい合う男との優劣差に、歯茎がむず痒くなる思いだ。






「だからそこで導き出した答えをxに代入すりゃいい話で、」

「暗算すら間違えるなんざどういう了見だ。いっそ小学校からやり直せド阿呆。」

「そんなんだから、いつまで経ってもテメーはカエルも触れねぇ腰抜けなんだ。」






そんな感じで、もはやただの悪口大会になっているが気にしない。






―――いや、気にしない“ふり”をしているの方が正しい。



ほんとはその小綺麗な顔にスリッパでも投げつけてやりたいくらいだ。あぁ悔しい。






『ていうかアタシ、あんたが言うほど頭悪くないからね?あんたがいちいち大袈裟なだけで。』

「馬鹿な自覚もねぇのか。可哀想な奴。」

『そのカエル色の眼鏡、真っ二つにして差し上げましょうかサソリくん?』

「似合うだろ?この前買った。」

『褒めてないから。ていうかあんた目悪かったの?何、もしかしてダテ?』

「さぁな。」






他人事のように話を切り上げれば、サソリは丸つけ用の赤ペンをクルクル器用に回し出す。

かと思えばアタシのプリントに落書き開始だ……無駄にクオリティ高いのが更にムカつく。






『……サソリ、一度だけ言うからね?真面目にやって。』

「ヤッて?」






ニヤリ。一人で勝手に楽しそうなサソリはわざとアタシを煽る。

アタシは咄嗟にその手にシャーペンを突き立てようとした。






バキャッ

しかしサソリはシャーペンを寸手のところで避けると、するりとアタシの目頭に“ソレ”を滑り込ませる。






「………ほう……」

『……やっぱりダテじゃない。』






度の入っていないレンズ越しの、いつもと変わらない風景にそう言えば。

サソリは何を思ったのか、途端に真剣な面持ちをする。






『……どうしたの?お腹痛いの?』






咄嗟とはいえ、我ながらアホなことを聞いたと思ったが、奴の返答は更にアホだった。
























「……メガネっ娘属性も悪くねぇな。萌え。」






……あぁ神様、アタシがこのまま奴の目にシャーペンを突き立てることをお許しいただけないでしょうか。

理由はある、だってキモいんだもん。あのサソリが真顔で“萌え”だって。






もはやこうなってしまってはお話にならない。

変なスイッチの入ってしまったサソリを相手に勉強なんて、タイムマシンを開発しようとする方がまだ進展性がある。






『まったく、あんたって奴は頭がいいんだか悪いんだか……ほら、これ以上馬鹿な発言する前に帰ろ?』

「今のいままで教わっといてそのセリフかよ。可愛くねぇ女。」

『はいコレ返す。』






アタシはサソリの言葉を無視して眼鏡を折りたたみ、それを手渡す。

まだ後ろでぶつくさ言っている奴を置いて、一足先に図書室を出ようとすれば。






……アタシたち以外、誰もいない。そこに入り込むのは、窓いっぱいに降り注ぐ鮮やかなオレンジ色。
























―――知らなかった。

夕焼け色に染まる図書室が、こんなに神秘的な空間を作り上げるなんて。






『……サソリ…。』

「何だよ、」






アタシの声につられてサソリもその光景を目にすれば、慣れない眩さに眉間にシワを寄せている。






だんだんと光に慣れた奴の目が、元の大きさに戻る頃。

アタシは両手を上に伸びをして、くるりと顔を向けた。






『綺麗だね。何だかテスト頑張れそうな気分。』






ぱっとこちらを振り向くサソリ。

その目にいつになく笑いかければ、アタシは再び窓に向き直り目を閉じた。






―――共に同じものを見て同じような感傷を共有する……なんて心地のいい空間。






「……あぁ………」






静かに、それでも確かな声で同意すれば、サソリも再び光注ぐ方へ顔を向けた。
























その思い、共有不可

(夕焼け、綺麗だなぁ。)

(今の顔ヤベェな……クソッ、惜しいことした……。)


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