03





 ひとしきり泣いて、暴れたらしくキリは糸の切れた操り人形のように、リビングのソファに座る迅の腕の中で眠っている。すやすやと寝息を立てて眠るキリはやはりあの頃のキリとは変わらなくて、余計に頭が混乱する。

 「寝ちゃった・・?」

 結局帰るタイミングを失った宇佐美は、今晩は支部に一泊することを決めたのか、緑茶が入った湯呑を三つ置いて、迅の目の前に座る。

 「結局、アタシとボスは怖がっててダメだったねー・・迅さんにしかくっつかないし」

 「・・でも、キリはおれのことも覚えてないみたいだ」

 キリをじっと見ていた林藤は迅に尋ねた。

 「・・キリちゃんのことについて、何かみえないか?」

 その一言に、迅は深く溜息をついた。

 「ダメですね。たぶん、不確定すぎる。ただ、何かしないと確実にキリが壊れてしまうことぐらいしか」

 やっと、会えたのに。
 長年待ち続けた幼馴染は、心もボロボロになって帰ってきた。

 「ん・・」

 うっすら瞼を開き、キリは寝ぼけ眼で迅を見上げる。

 「おっ、キリ。大丈夫か?」

 なるべく優しく、ゆっくり彼女の頭をなでて聞く。キリはちょっとこわばっていた体から力を抜いて、嬉しそうに目を細めた。

 「んー・・さっきのひと、だ」

 さっきの人、という言葉に言いようのない距離を感じつつ迅は優しく笑う。

 「さっきの人、じゃないよ。おれは悠一。迅悠一」

 「ゆう、いち」

 へにゃ、と笑う仕草はあの日と変わらなくてどうしようもないもどかしさを紛らわすようにキリの頬をちょっと引っ張った。

 「そうだ、キリちゃんお腹とかすいてない?」

 様子をうかがっていた宇佐美が立ち上がってキリに聞く。

 「・・!」

 途端にキリは泣きそうな顔で迅の服をぎゅっと掴んで抱き着く。

 「大丈夫。キリ、この人は宇佐美栞。おれの仲間だ」

 震える体を撫でてやれば、キリはうかがうように宇佐美を見た。

 「うさ、み・・?」

 「うん、宇佐美栞。よろしくね、キリちゃん」

 そう笑いかけるも、キリはぎゅっと迅に抱きついたまま宇佐美をうかがうだけ。ただ、ちょっと頷いたので少しは警戒がとけたらしい。

 「で、こっちの人はおれのボスの林藤さん。キリは一回あったことあるけど・・まぁ、覚えてなさそうだな」

 「ぼす・・?」

 紹介された林藤は、そう呼ばれて笑う。

 「おうおう、好きによんでくれ」

 「ごめんね〜、色々さがしたけれどどら焼きしかないや〜!」

 そう言ってばたばたと宇佐美がどら焼きを持ってくる。
 一瞬、このどら焼きがなくて小南がぎゃんぎゃん怒る未来が視えたが、腕の中にいるキリがあまりにもそれを興味津々に見つめるものだから、見なかったことにしておく。

 「どらやき・・」

 「どーぞどーぞ。これいいやつだから」

 腕をどけてキリを促す。キリは恐る恐る宇佐美からどら焼きを受け取ると、包みを取って少しかじる。

 「・・おいしい・・ありがとう・・・・しおり、ちゃん」

 そう言って控えめに笑うキリに、宇佐美は飛びついた。

 「うわぁぁぁぁ! めちゃくちゃ可愛い、キリちゃん可愛い!!」

 キリはびくっと体を震わせたが、宇佐美の腕の中で少し嬉しそうに撫でまわされていた。

 「・・迅、どうするんだ。これから」

 その様子を見ていた林藤がふときりだす。どうするもなにも、彼女をあの残骸から見つけた時点でやることは決めていた。

 「・・そりゃあ、守りますよ。それこそ、一生かけてでも」

 たとえキリの中に自分の存在がなくたって、記憶が戻らずとも、あの日から隣にキリがいない空虚を抱え続けたこの数年をまた繰り返すわけにはいかない。

 「キリ」

 「・・?」

 名前を呼べば少し嬉しそうなキリと目が合う。頬についたどら焼きのかけらをぬぐってやればキリはにこにこと迅を見上げた。

 「・・もう絶対におまえにつらい思いはさせないからな」

 やり直すんだ、あの均衡が崩れる前の続きをしよう。


  
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