02 朝に揺れる蜃気楼
隣の家の幼馴染が、殺された
来週には古くから想いあっていた恋人と婚礼の儀をあげる予定だったのに
きれいな白い頬を、睡蓮のように染め上げて嬉々として語っていた彼女
しかし、彼女は、その幸せを掴みとる前に、殺されてしまったのだ
婚礼用のドレスを選んでいる際、王宮の兵士に無理矢理連れて行かれ
次の日には、見るに堪えない姿で宮殿の前に棄てられていた
今しがた見かけた、ずたずたの彼女も酷いものだが、あたしの幼馴染はどうやら毒を飲まされたらしい
彼女の遺体は、人の身体が決して発さないような色に変色し、所々が溶け落ちて…
……やめよう、考えただけで気分が悪くなる
彼女が連れて行かれた時、何故あたしが変わってやれなかったのかと自分を悔やんだが、変貌しすぎた彼女の姿を見たらその後悔も吹き飛んでしまった
それほどまでに酷い変わりようだ
なぜ、国王はこんな非道を働くのか
風の噂で、最初に娶った妻の不貞が原因だとか、悪魔に取りつかれただとか耳にしたけれど、所詮は噂。正しい真相を街ゆく下々の者達が得る事は出来ない
あたしは幼いころから、物語に囲まれて過ごしていた
物書きの父と、旅芸人だった母
父の描いた物語を、母が演じ、それはそれはきらびやかな物語の世界で育ったのだ
いつしかあたしも、母の様な語り部になりたいと願うようになった
「いいかいナーシャ、本を沢山読みなさい。本は、物語は、きっとおまえを助けてくれるから」
「知識としてあなたを成長させてくれる。そして…美しい物語はきっと、万人の心を救うわ」
父母の言葉を思い出す
いつだって、あたしはこの言葉を信じ、この言葉に救われてきた
王宮へ続く階段を昇りながら、心の中で両親に感謝を告げた
(ありがとう、父さん、母さん…どうか、見守っていてね)
宮殿の扉に手をかけたとき
ふわりと、風があたしの背を押した
砂漠に漂う熱風とはまた違う、涼しくて、あたしの心を落ち着かせてくれる風が
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「陛下!」
「……騒がしい、何事だ」
「は、それが……、陛下の今宵の相手を名乗る女が来ておりまして」
……その報は随分と久しぶりだ
毎夜毎夜女を宮殿に招き始めた当初は、こうして名乗りを上げる女も少なからずいた
しかしここ最近になって、名乗りを上げる女どころか、街に兵を向かわせなければ、純潔の女を連れてくることが出来なかった
単純に数が減ったのか、家族やら恋人やらが必死に隠しているのか…
純潔の女を秘匿する周囲の人間も処刑に値すると法を敷き、見せしめに一家族を処刑してみせた
それでも女どもは逃げ出していく。抜け穴から逃げ出す鼠のように、忌々しい生き物だ
「面白い、通せ」
「はっ!」
さて、今になってこのおれの元へ進んでくるような女は、一体何を求めるのか
おれの財か、それとも王の妻という名声か
どちらにせよ、お前がそれを手にすることは叶わない、と
兵に連れられ、謁見の間に現れたその女を、心の中で嘲った