ぐらっじ・はろうぃん

ああ、なんて清々しい朝なんだろう!
ベッドから飛び起き、朝の冷たい空気を吸い込んで、身体中に巡らせる。ほのかにカボチャとバターの甘い香りが漂ってきたので、やはりこの日が来たのだな、と改めて実感する。

10月31日。あたしはこの日を楽しみにしていた。
そう、他でもない、ハロウィンその日である!

月末のこの日が近づくにつれ、船内にジャック・オー・ランタンが増えたり船の随所で謎の儀式を執り行っていたりと、意外にもグラッジドルフ号の船員みんな、ハロウィンへの準備は熱心な様子だった。


さて、かくいうあたしも、このハロウィンの日の為に備えておいたトッテオキがある。

「ふっふっふ……」

クローゼットの奥に潜めていたソレを手に取って、広げた。今のあたしの邪悪な笑みに似つかわしい

「小悪魔ナーシャさん、参上ってね!」

レザー生地がてらてら輝くその衣装に袖を通し、クローゼット備え付けの鏡に向かって決めポーズ。びよよん、とカチューシャの角が愉快に揺れる。ちょっとばかり気恥ずかしいけれど、この日はその気恥ずかしさすらも今日を楽しむためのスパイスとなるだろう!
蝙蝠の様な羽、悪魔の尻尾はミニドレスの上から生えている。カチューシャの角と同じく、あたしが動くたびにぱたぱたぴよんと動く様が愉快だ。

ふふん、船全体がこの日を、あんなにも熱心に迎えようとしていたのだ。あたしも乗らねばなるまいこのビッグウェーブに!
隊長やファウストも何かしらの仮装をするのだろうか。ファウストに関しては仮装いらずなのでは。そしてなにより船長!船長も人ならざる者に化けるのだろうか!もしかして既に降魔の相を見せているのでは!などと期待が膨らむ。
もし船長が何も仮装してなかったら、あたしがハロウィンの仮装を買いに行った際にみつけた、このカボチャのミニハットを献上しようと思う。今日はハロウィンだもの、船長の頭にちょこんと小さなカボチャを鎮座させる事も許されよう。

さて、あたしの準備は整った。
小悪魔の衣装、トリック用の海水入り水鉄砲(入れる時に苦労した)、トリートのキャンディをたっぷり詰め込んだ籠、船長用のミニハット。完璧だ。

自室の扉を開け、近づく度に甘い香りが強くなる食堂へ、足取り軽やかに向かう。ドレスと同じ素材のロングブーツが甲高い足音を鳴らす。クルー達の雑踏の音も聞こえ、予想通り、食堂には既に皆集ってハロウィンを満喫しているようだ。

食堂の入り口に差し掛かり、あたしは一呼吸おいて……

「みなさーん!トリック・オア・トリー……ト……」

勢いよく飛び込んだ姿勢のまま、あたしは固まった。
別段、目を合わせたら石になってしまうような怪物が居る訳でも無いのに、あたしはハロウィンというイベントに浮かれた心と共に、石になってしまうような錯覚を覚えた。
え?ん?なに?なんなのこの光景は?
目の前に広がっているのは確かにハロウィンを歓ぶ宴だ。食堂のテーブルにはカボチャを使った料理や菓子が並び、部屋中オレンジとパープルのスプーキーな色合いの飾りに統一されている。ここだけ切り取ればハロウィンにノリノリの素敵な宴……なのだが……。

勢いよく飛び込んだあたしに視線を集中させているのは、人ならざるモノ。生憎お化けの類は大が付く程嫌いなので、彼らの姿が何を模しているのか言葉に出来ないのだが、言うなればそう……ボロ布……?ボロ布と不気味すぎる表情の仮面の…集団……。それらの下にはいつものクルーの皆が居るって、信じていいんだよね?あまりの不気味さに喉からヒュッとか細い息が出た。コワイ。

「ナーシャ……なんだその恰好は」

一際背の高いボロ布仮面が近寄って来たかと思えば、その声はよくよく聞きなれた我らが船長の声で。固まっているあたしを見かねてその仮面を外してくれた。よかった中身もちゃんとホーキンス船長だ。

「い、いや…なんだって……」

ハロウィンの…仮装……。先程のハロウィンの常套句並みに、語尾が小さくなる。なんであたしがおかしいみたいな雰囲気なのか。なんで。
徐々に薄れゆくあたしの言葉は、どうやら全て船長に伝わってくれたようで、仮装だと…?と片眉を上げ訝しんだ。なんで。

「貴様……ハロウィンをナメているのか」

すると船長、その恰好は悪魔を模したものか威厳のかけらも無いだとか、そのような姿では蘇った亡霊になんたらかんたら仰りながら、自らが纏っていたボロ布を茫然としたまま固まるあたしに被せた。彼が着ていただけあって、ふわりといい匂いがした。色の割に。ただ折角の仮装が台無しである。台 無 し で あ る 。

「こんなの……」
「?」
「こんなのハロウィンじゃなーーーいーーー!!!」

この悲痛な叫びが神に届いたところで、いつも以上に怨念渦巻くグラッジドルフ号に恩寵は届きやしないだろう。

「何を言うか貴様、これこそがハロウィンだ。元を辿れば魔術に精通する民族の宗教の一派がはじめた……」
「そんなんどうでもいいですーーー!!!」

嗚呼、世界よ。広い海を往く皆々様よ。
これが、魔術師の船の、ハロウィンです。




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