添える指先に



つう、と、この球体を撫でる
人差し指で、欠落のない水晶玉をなぞる

「……ついに、やっちゃったね、相棒」

夜の甲板、あたしの呟きは暗い海に消えた



昼間の事を思い起こす
海軍の船と邂逅したグラッジドルフ号は、そのまま船上での戦いに移行。ホーキンス船長に散々しごかれたあたしも、今日この時、海賊の戦いに身を置く事となった
けれど、実戦はこれがはじめて。あたしは相棒の水晶玉を抱えたまま、立ち尽くすしかできなかった
そんな事情、敵である海兵に通じる訳も無く、数人の男が武器を構え、あたしの方へ向かってきた
あ、やばい…!ようやくハッと意識を戻した時には、海兵の剣が眼前に迫る

「ナーシャ!何ボサっとしてやがる!!」
「! 隊長…!!」

あたしに叱責しながら、赤いジャケットの特攻隊長は剣を薙いだ
見事その一閃はあたしに向かっていた海兵を一網打尽。返り血が顔に飛んだ
彼らの血が、あたしの頬を伝う。あぁこれが、血の

また意識を遠くへやってしまいそうになる。目まぐるしく変わっていく展開に、どうにもついていけない

──あたし、このままでいいのかな

水晶玉を抱える両手に力を込める
あたしは駆けだした。自慢の脚力で、釘を模した船の柵に飛び乗り、海軍の船を一望。視界に収める

「…あたしも、あたしだって海賊なんだ!!」

だれに聞いて貰う訳でもないが、叫ぶ
この宣言は、他ならぬあたし自身への叱咤だ
海軍の船の方へ相棒をブン投げ、能力で数を増やす
脳裏で念じると、その球体が形を変える。まるで弾丸の様な、鋭い結晶型
突如頭上に現れた無数の水晶に、船に残っていた海兵たちは茫然と上を見上げる

「能力者だ!!」

誰かがそう叫んだ。その時にはもう、あたしは腕を振り下ろしていた

───ズドドドドッ!!!

無数の鋭い水晶の棘が、彼らの船に降り注ぎ、突き刺さる
無論貫かれたのは船だけでは、ない
一気に船上が、戦場が、静まりかえる

「……うおぉぉぉっ!!やるじゃねぇかナーシャ!!!」

静寂を斬り裂いたのは、グラッジドルフ号のクルーだ
あたしはその声に、振り返り

「へへっ、どんなもんだ!ってね!」

笑顔でVサインを作った

「……………。」

甲板の奥で事の流れを見ていた赤い瞳に、気付くことも無く




「っはぁ………」

やっちゃったなぁ。この夜に何度同じ言葉を呟いただろうか
膝を抱え、その上に水晶玉を乗せる。ついでにクンクン、と匂いを嗅いでみるが、見事なまでに無臭だ
そう。やってしまったのだ。敵とはいえ、あたしは
この手で、この力で。人の命を奪ったのだ
……未だに、実感がわかない
昼間の戦いは特に支障なく、我々グラッジドルフ号が勝利を収めたけれど
あたしの心は、まだあの戦場に残ったままだ

「ナーシャ」
「うぉわッ!?」

突然背後から響いた低い声に、膝の上の水晶玉が転げ落ちた
振り返ると其処には、我等がホーキンス船長
そういえば戦いを収めたのは、彼だったなぁ、なんて彼の顔を見ながら想起した
あたしは転がる水晶玉を能力で引き戻し手中に収める
船長は膝を抱えるあたしの隣に腰掛けた

「……実戦は今日がはじめてだったな」
「………そう、ですね」
「中々の活躍だった」

ぽふ。あたしの頭に船長の大きな手が乗った
赤い瞳は夜に映え、不思議な魅力を放つ

「……おれにはもう、今のお前の抱く感情がわからない」

すう、とあたしの髪を彼の長い指が梳く

「……お前を見て思った。そうそう無くして良い感情じゃない」

──だから、大事にしてほしい

あたしの頭を撫でる手に力が加わり、あたしは彼の身体に寄りかかる形に
入浴剤と、薬草のような薬の様な、不思議な船長の匂い
こんな急接近、普段なら耐えられないけれど
つめたい夜と、抱き寄せてくれる彼の腕に、今は

「…せんちょう」
「なんだ」
「もう少し、このままでいても、いいですか」
「好きなだけ」




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