いいふろの日

船長は入浴にはそれはそれは長い時間を掛けるし、船の入浴設備はそんじょそこらの高級な宿より優れている。広い湯船は魔術に用いられるハーブが浮いていたり、ほんのり色付いていたり…無論、船長の匙加減によるものだ。運気を好転させるためなら細部までこだわる魔術師セレクトの湯船。本日は濃いめの乳白色、ふわりと香るほんのり甘めのミルクの香りを鼻腔に満たせば、頬が緩んでしまう。
ただ、それを許さないのがこの状況。
本来なら気兼ねなく足を伸ばして、このふわりとした乳白色の湯を堪能したいのだが………。

「どうして………」
「言っただろう、今日は誰かと風呂を共にすると運気が上がると」

平然と言ってのける目の前のホーキンス船長により、悠々たる私のお風呂タイムは緊張で満たされ、疲れを癒すどころか要らぬ心労を増やしていると言う状況だ!

船長も船長で気にしていないのか、湯船に浸からないよう御髪を緩くまとめている彼は、バスタブに寄りかかり纏う雰囲気を和らげている。私はそんな堪能できる筈もなく、悠々と正面に座す彼から僅かでも離れようと膝を抱えて縮こまっている。折角の広い湯船だというのに。

「……何を其処まで気にすることがある?」
「なっ、と、当然でしょ!気にしない方がおかしいんです!」
「今更じゃないか?」

お前の裸など何度も…と続ける彼の口を慌てて塞ぐ。どうしてそうもとんでもない事を平然と言ってのけるのか!

「わ、私じゃなくてもよくないですか…?」
「……運気が上がるならば人は選ばない、が…」

「おれはお前がいい。風呂を共にするならナーシャがいい」

その一言で一気に体温が上がって、口を塞いだ時に縮んだ距離のまま、のぼせて彼に寄りかかってしまった私。

「やはり、今更だな」

彼の言葉にしまった、と気付いた時にはもう遅く。彼は腕を私の身体に回し、引き寄せた。
……正直、船長にはこんな風にいつも手玉に取られてばかりなもので、この状況を受け入れるのは容易くて。私はそうそうに諦めをつけて、浮力のある湯船の中でくるりと向きを変え、大人しく船長に背を預ける。


早々に背後から私の首筋に唇が落ちてきたあたり、この行動は彼の一歩先を行けたと思いあがっても、いいだろうか。


吊り上った口角は彼の気に召さなかったらしく、乳白色の湯で滑らかになった私の肩には、噛み跡が残ってしまった。

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