貰いに来た BD 2020

「船長!誕生日、何がほしいですか?」
「オブシディアンのアサメイ、グリフォンの風切羽、ディブクの匣……あァ、コウモリの血のインクもそろそろ切れそうなんだ」
「わぁどれも私には用意できる気がしねぇや!てか最後に関してはおつかい紛いじゃないですか!?」

海図の上に、緋色の瞳を滑らせながら淡々と返ってきた答えには相も変わらずド肝を抜かされてしまう。
私はしっかり誕生日に欲しいモノを尋ねたはずなのだが、補充したいものが返ってくる始末だ。
誕生日のプレゼントを、彼の喜ぶものを想像して前もって用意する……というやりとりはもう何度か繰り返してきた。今年は誕生日のお祝いにしてはいささかロマンに欠けた実用性を重視するものではある……けれど少なからず私が思い浮かぶ "恋人へのプレゼント" の類はもう、一通り彼に贈ってしまったのだ。調子こいて「プレゼントはわ・た・し(はーと)」だなんていう超がつくほどのテンプレート的展開を軽率に実行したいつぞやかの誕生日の事なんかは根強く記憶に焦げ付いている。(ちなみにその後3日間くらいはマトモに歩けなかった。)

「んもう……誕生日のプレゼントですよ!特別なもの!」
「とくべつなもの……」

私の放った言葉をぼんやり繰り返す彼はふと、机上に広がる海図からつう、緋色の視線を上へと滑らせ

真っ直ぐ、私の目とかち合った。


「…………お前」
「え?」
「お前がいい。お前が欲しい」

「……仕方ないですねぇ、いいですよ、あげます。」


───そう、確かそんな話したんだった。

彼の相も変わらず変なところでド直球な返答の際も崩れなかったポーカーフェイスをどうにかして崩してやりたくて、その答えを聞いてすぐさま指輪を用意したんだっけか。散々奪ってきた物の中から……っていうのはなんだかちょっぴり納得いかなくて、石はさておきリングの部分は、手先の器用な仲間に聞きながら自分で形を整えて作ったんだ。魔除けの意味も込めて選んだシルバーに、手持ちの宝石の中で一番質のいいダイヤモンドをはめ込んで……指輪の内側には、彼の願いが叶うように、夢を引き寄せられる手助けになればという意味を込めたパワーストーンを。そして、こだわった形や石、それら以上に……。


私の気持ちを、覚悟を、想いを。


自分用に二回りほど小さく作ったお揃いの指輪を、左手の薬指に嵌めて、そっと空にかざした。
すると自然と零れてくる笑み。おかしいな、まだこんなにも純朴な気持ちが見つかるだなんて。彼……船長と過ごした日々は、決意の指輪を用意するほどには長かったはずなのに。これも、魔術師の魔法だったりして。そんな軽口は自分の内で噛み殺して、指先の輝きにそっと唇を落とした。

一世一代の指輪を、よもや私から贈られてしまうとは、さすがに読みの鋭い彼でも想像外なのではないだろうか。いつだって物語なんかでは男性から贈ると相場が決まっているし、きっとプレゼントを尋ねたあの時だって、まぁ、いつぞやかの誕生日よろしく数日程度の私の自由の意味で「お前」と答えたのだろう。冗談を嫌う彼のことだからあの言葉にも真意が籠っているはずだが、よもや、数日どころか私の一生が送られてくるとは思うまい!
そう考えると……自然と吊り上がる口角に多少の凶悪さがにじんでしまうのも無理はない。
あの整ったポーカーフェイスはどう歪むだろうか。長らくの付き合いながらも、彼がひどく狼狽える姿など見たことが無い。頬に汗を伝わせて、切れ長の瞳を真ん丸く見開くのだろうか。……いや、色々と想起してはみたものの、やっぱり想像つかないな、船長の驚く顔……。驚くにしても、表情はあまり変わらないまま静かに……うん、多分後者だ。

まぁ何にせよ、彼から一本取れるかもしれない、という事実には変わりなく。見てろよ〜だなんて呪詛みたいに呟きながら特製の指輪をラッピングしたあの夜は、本当に楽しかった。





===



嗚呼、駄目。
折角の、指輪が。

最期に思ったのは、そればかりだ。
沈んでいく小箱は衝撃で蓋が開き、深い海の闇に溶け落ちていく。とっておきの、質の良い石を選んだはずなのに、水底の闇はそれすらも容易に飲み込んでしまう。


そして、私も。




9月8日。
私たちの船は海軍の急襲を受け、大打撃を負うことになった。
巡回の船だけならまだしも、その日は天も運も見放したのか、海軍の軍艦が沿って渡航していて、そして……私たちと出くわした。
勿論、かの"魔術師"の船をそうそう見過ごすわけもなく、軍艦はすぐに大砲の狙いを定め、戦火は一瞬にして大きく広がってしまった。

甲板をあちこち行き来しながら乗り上げてきた海兵たちと応戦する。
突然、ひとつの砲弾が船に直撃し、船の床板が大きく振動した。直撃した方に目を向けると、一気に血の気が引いて行くのを感じた。

直撃したのは───船員の居住区画。

もちろん私の部屋もあの区画内に在って……何より、部屋には今日の日付が変わると共に渡すつもりだった、指輪が。
しかし、こんなにも混乱しきった状況で、私ひとり戦線から離れて確認しに行けるような余裕などある筈も無い。
この日の為に用意した、トッテオキのプレゼントだからか、つんと目の奥が勝手に熱くなり、視界が歪む。でもそんな事で動きを鈍らせている場合じゃない。今は目の前の戦いに集中しなくては、そう思った矢先。

砲撃の煙をかき分け、小さな影が宙に弧を描いて投げ出される。手に納まるようなシルエットと、彼を想起した紫で纏まった小箱は……間違いない、指輪だ。

あの砲撃で吹き飛んできた小箱に向かい、自然と私の足は駆けだしていた。戦いの場を走り抜け、海に落ちてしまう前に、ぱしり。これは何たる奇跡だろうか!多少煤に塗れてしまったものの、私の手中にはしっかりと蓋の閉じた小箱が収まっている!

よかっ───


「───ッ、ナーシャ!!!」


船長が私の名を叫んだ。何事かと振り返る前に、背中に迸る熱。いや、冷たくも感じる衝撃。
そしてすぐさま、曖昧だった衝撃は……痛みへと変貌する。
これは……相当深く、大きく、斬られたな。
戦いの最前線に居ながら、大きく気をそらしてしまった私は、敵にとっては恰好の的だろう。けれど私も、やられっぱなしで居られるものか!痛みをも上回る意地で、私の背後を取った海兵を蹴飛ばす。
けれど傷からは既に多量に出血していたか、蹴り上げた足が地に着く前に、自分の身体のバランスが取れず、崩れ落ちる。
視界の端が徐々に白んでいく。マズイ、意識が──……。


……遠くで見開かれた切れ長の目、緋色の瞳の瞳孔が狭まって、其処にはただただ間抜けな顔をした私が映っていた。

次の瞬間には、ドボン、という音が耳のすぐ近くで鳴った。実際に音の大元は私以外他ならないのだけど……出血の所為か、もう何となく自分のこの後を悟っている所為か、まるで他人事のようにぼんやりと現状を受け入れている自分がいる。

冷たい。
背中から溢れる鈍い赤が、じわじわと海の青に溶け出していく。
指先、足先の感覚が徐々に失われていく。
ただただ自分の身体が冷えていく。

もう、泡のはじける音と、冷たさしか感じない。


するりと、私の手の中から滑り落ちる小箱。



嗚呼、駄目。
折角の、指輪が。

最期に思ったのは、そればかりだ。
沈んでいく小箱は衝撃で蓋が開き、深い海の闇に溶け落ちていく。とっておきの、質の良い石を選んだはずなのに、水底の闇はそれすらも容易に飲み込んでしまう。


そして、私も。


見せたかったな、見たかったな。
手相占いの練習という名目で指のサイズを測った時はヒヤヒヤした。あれ、もしかして気付かれてたかな。でも占いが関わってくると船長、だいたい真に受けてくれるからなぁ。それに教えてもらいながらとはいえ、時には波に揉まれる船の中であんな細かい作業……何度シルバーから狙いを外して自分の指にハンマーを落としたことか。



……船長の驚く顔、こんな形で見たかったわけじゃ、ないのに。





===



まだ残暑の残る、9月上旬。
暦の上では秋に分類されても、真夏の暑さはそうそう過ぎ去ってくれるものじゃない。コンクリートの隙間からじりじりと肌を焦がす太陽を、僅かな抵抗として手で遮りながら街を歩く。

この季節になると、いつも……不思議な気分に襲われる。
なんとも形容しがたいデジャヴ感だとか、確かにはっきりとした光景を見ていたはずなのにベッドから身体を起こした頃には忘れている夢だとか。この時期……決まって9月を迎え、そして9月のとある日を過ぎ去るまでは、この妙に自分の心が何処かへ行ってしまうような、浮ついた感覚に苛まれるのだ。


そういう時は決まって、向かう場所がある。


遠くで波立つ音、砂を攫い満ち引きを繰り返すその音は、穏やかで、けれどどこか雄大だ。浜辺を歩けば柔らかい砂に足が柔く沈む。そう───海だ。
波打ち際に立つと、潮の満ち引きが私の足首まで届き、冷たい海水の感覚が足の先を覆った。

海……ここに来ると、このもやもやとした不思議な感情、思い出せない何かを、洗い流せるような……ほんの少し、誤魔化せるような気がして、9月の初め頃は決まって此処に来る。
いつぞやかテレビで、海や山などの大自然は自分の悩みをちっぽけなものにしてくれる、だとか……思い出せもしないタレントが言っていたような気がするけれど、実際、そうなのだろうか。別段その言葉に感銘を受けて行動に移したわけじゃない。ただ……本当にただ、何となく、私の向かうべき場所は海なのだろう、とこれまた曖昧な確証じみた何かがあったのだ。

けれど実際に何度か此処に来ても、私の曖昧なこの感情を海が晴らしてくれることは無かった。海の青を見ていれば、それは確かに一時その不可思議な感覚から目をそらすことはできるけれど、実際に問題が解決したわけじゃないし、むしろ……、むしろ、海をジッと眺めていると、妙な恐怖に襲われることすらあるのだ。水に漬かっているのは足先程度のはずなのに、あの海の青……深度が増すたびに黒さを増していくあの青をじっと見てしまうと、まるで自分があの中にいる様に、暗い海の底に沈んでいる様に、全身の血の気が引くような恐怖を覚える。

それならなんで海に来るんだろう。矛盾じゃないか。

やはり今年も、私の悩みを海は解決してくれなかったか。呆れた笑顔と溜息混じりに踵を返す。濡れた足先に砂が纏わりつくのが鬱陶しくて、ぱたぱたと足首を振って砂を落とそうと試みると、勢い余ってサンダルがスポーン!と弧を描いて飛んで行ってしまった。しかもどうやら、飛んで行った先には人が居た様で、不幸中の幸いにもぶつかりはしなかった様だが、人影は足を止めている。

「あ……スミマセン、変な物をお見せして」

愛想笑い誤魔化しつつ、片足に残っているサンダルだけでケンケンともう片方の元に向かう。なんだか子供みたいだなという羞恥心も湧き出てきて、海に冷え切った身体がじんわり熱を帯びだした。

「と、と……うわッ!?」

足場の悪い砂場、ヒールは短いもののバランスの崩しやすいサンダル。これらが揃えば私が身体のバランスを崩してしまうのも必然というもので。
しかし、砂場に顔を埋める衝撃の代わりに訪れたのは、とさり、としっかり私を抱きとめてくれる感触。私はそろり、顔を上げた。



「……あの時、おれがこうしてお前を抱き留めていたら……失うことも無かったのか」
「…………え」


見上げた先には、何処かもの悲しさを覚える、緋色の瞳。
其処にはただただ間抜けな顔をした私が映っていた。



「……ナーシャ」



なんで、私の名前──……。





いや、違う。
当然だ。当然のことだ。

彼なら、船長なら、ホーキンス船長・・・・・・なら。




「……船長」
「……なんだ」
「私、その……ごめんなさい」
「何故お前が謝る。船長であるおれが、お前を守るべきだった」
「そうじゃ、なくて……私……」

今になって靄がかかっていた記憶が、さあっと晴れ渡り、何もかもを鮮明に思い出した。それと同時に、溢れんばかりの無念が、一気に押し寄せてきて……ぼろぼろと目から零れ落ちる涙。止めようにも勝手に、子供みたいに肩をしゃくり上がってしまう。

「わたしっ……私……せんぢょう、おいわい゛、でぎなぐでっ」
「嗚呼、最悪の誕生日だった」



「祝われようとも、何を得ようとも、それ以上に……ナーシャ、お前を喪ったから……」


はっきりとした船長の言葉に、どう謝罪を返すべきか詰まっていると、彼はそう続け、私の涙やら何やらでびしょびしょの頬を優しく撫で上げ、拭った。
この手の感覚、少し低めの体温、何もかもが……よく知ったホーキンス船長のものだと、この身体でも、はっきりとわかってしまう。
涙を拭い、頬に張り付いた髪をそっと耳に掛ける彼の表情。
あの緋色の瞳が、ほんの少し輝いて見えたのは……海の反射の所為だろうか。
その理由を探る事も叶わないほど、私たちは抱きしめ合ったまま、しばらく動けなかった。







「……大分、落ち着きました。ご迷惑ばかりかけてスミマセン」
「構わない」
「……結局、プレゼント渡せないままでしたね」

いま海に潜れば見つかるかなー?だなんて冗談交じりに笑みを零すと、ホーキンス船長の表情は逆に険しくなった。そうだ、この人冗談が……。

「海には、無い」
「へっ?」
「プレゼントだ。海には無い……海は、奪っていった」
「はあ……」

ぽつり、ぽつり。少しずつ紡がれる言葉の真意が読み切れず、小首を傾げる。けれど険しい彼の表情、その緋色の目はどこか、恨みがましさを乗せながら、水平線を望んでいた。

「……でも渡したかったなあ。結構手間掛けたんですよ?」
「……何を、だ……?」
「指輪です、プレゼントに渡すつもりだったんですけど」

いっそのこと暴露してしまえ。前世からの胸のつっかえというか、渡せず仕舞い、明かせず仕舞いで終わったプレゼントの正体。するとホーキンス船長の切れ長の瞳が僅かに見開いた。ああ、やっぱり驚くにしても表情は固いままかなあ、と世紀越しの自分の予測が当たった。後者か。



「いらない」
「そっかー……いらないかー……って、ええぇえぇぇぇえ!!?」



ずばり。というか、ばっさり。
断ち切られるかの如くの四文字に、驚きの破顔を見せることになったのは私の方だった。
彼の返答の意味を理解しきれず、それ以上にショックが大きく「いらない?」と聞き返したかった言葉は、打ち上げられた魚のようにぱくぱく空気ばかりが行き来するだけでなかなか声が出なかった。

「ンなっ……そ、そんな……!?」
「いらない」
「ドはっきり繰り返さないでよろしい!!何でですか!?船長が欲しいって言ったんでしょー!?」
「……そんなこと言ったか?」

最初に発した「いらない」と寸分違わぬ声色で繰り返されると、さすがの私の心にグサリと釘が刺さるようだ。しかしまあ、私も船長とこうして出会うまではっきり思い出せなかったのだから、記憶にない云々で責められる筋合いは持ち合わせておらず、きょとんと首をかしげる船長に対してただただゴニョゴニョと未練がましく口を紡ぐしかない。

「……おれは、お前が欲しいと言ったはずだが」
「覚えてんじゃんッ!!そうですよあげるつもりでこちとら必死こいて用意したんですよーっ!!」
「…………いらない、指輪など、いらない」

ぎゃあぎゃあとカラスみたいに声を荒げる私とは裏腹に、船長の低い声はほんの少し、沈む。

憎らし気に海を一瞥すると、ホーキンス船長の緋色の瞳は真っ直ぐ、私を見つめた。



「海にも……指輪にも、お前を奪われたくない」



だから、今度こそ奪われる前に




貰いに来た
Birthday 2020 9/9

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