庇う




逗留先の島で、予想外の窮地に陥った
どうやら三下の海賊団が、地元の海軍と共謀しおれ達を囲む算段を企てた。どちらも随分と堕ちたものだという嘆息は、恐らく奴等に届きはしない

「船長、どうしましょう…」
「慌てるな、今日、おれの命日とは出てない」

下賤な笑いを浮かべおれ達を囲む奴等に怯えるナーシャに、今日の占いの結果を淡々と伝える。おれには死相の影すらない、と言ってやると微かに安堵したようだが、彼女にとって不安な状況である事に変わりない。今ここにいるのはおれとナーシャのみ、クルー達とは分断されてしまった


少々、厄介なことになりそうだ

心の中でそうぼやき、おれは藁を纏った


『戦闘』敗北率は…酷く低いものと出た
しかしこの状況は好天の兆しが見えない。幸いにも敵の個々の力はそれ程の脅威でもないが、なにぶん数が多い
倒しても倒してもキリが無い。ナーシャも彼女なりに抵抗しているが、もう既に息が上がっている
追い打ちをかけるように、おれの身体に凶弾が。一発で致命傷となり、藁人形が一体零れ落ちた
まだライフのストックはあるものの、数が少ない。不覚にもこの想定外の戦闘への備えは不十分だ
どう切り抜ける…?
思考が鈍った。そして、気づくことが出来なかった
 




──俺に向けられた銃口と

───地に落ちた藁人形を見てしまった、ナーシャに






突き飛ばされた感覚に即座に反応して其方を見た時には、まるでスローモーションのように彼女の腹を弾丸が貫く光景。吹き出した血の赤がひどく目に焼き付く


ナーシャの命は、一つしかない


自分の能力に麻痺しかけていた感覚が一気に戻ってくる。体中から血の気が引き、嫌な予感が脳の片隅に張り付いて離れない。世界中の何よりも、誰よりも大切な彼女が





───死んで、しまう





そこからはもう、覚えている事が少ない
ただ、焦り、そして…憎悪。怒りも混ざった感情のままに、奴等を蹴散らした
何人か逃したが、奴等にかまけている場合では無かった。一刻も早く、彼女を、救わねば
僅かに息がある。弱く、今にも途切れてしまいそうな呼吸が、どうか途切れないでくれと祈るしかなかった






何とか船まで戻る。ナーシャの意識はもう無い。呼吸も徐々に弱っていく。分断されたクルー達も苦戦を強いられた様子だが、急ぎ船医を手配させた
船医にナーシャを任せ、船医室を後にする
医術の心得の無いおれに出来ることは

ただひたすら、祈るだけ
散々人の命で生き長らえてきたおれが、ナーシャの命だけはと縋る様は、酷く滑稽なものだろう
自分で自分を嘲った。酷い冗談だ



逃した生き残りを、殺す。確実に殺す。絶対に殺す。決して生かしてなどやるものか、呪い、怨み、祟り殺す

この怨念を力に、おれは船を離れた





=====



目を覚ました其処が、グラッジドルフ号の船医室だと理解するには、時間がかかった。ホーキンス船長を庇い、お腹を撃たれた事を微妙に覚えているけれど、随分血を流したようで、ハッキリしない
そして、ベッドの傍らで、私の右手を両手で包み込むようにして握るホーキンス船長の存在に気付いたときには、ひゃあ、と素っ頓狂な大声を出してしまった。傷に響く!
私の声に、俯き加減だった船長はゆっくり顔を上げた。ぎゅう、と握られた手に力が入る

「………よかった」

赤みがかった双眸が私を映し、安堵しきった声と共に細まった。その瞳を前に、ご迷惑お掛けしてすみません、と力なく笑うしかできない


「…謝らねばならないのは、おれの方だ…。」

守り切れなかった、とばつが悪そうに顔を逸らした船長
しかしすぐに私を見据え

「何故あんな真似をした?」

次に私を見据える瞳には、怒りの色が滲んでいる
彼の怒る理由は、察しがついた。まだストックがあるのに、何故庇うなんて真似を…といった所だろう
ごめんなさい、とまず謝り、私は続ける


「身体が勝手に動いちゃったんです。幾ら簡単に死なないからって…ホーキンス船長が傷付くのは、嫌です」




これが、私の、精一杯の答えだ




けれど船長は、表情を一層険しくして固まってしまう
不安げに様子を伺っていると、船長の身体が急接近。傷に響かないよう、ひどく優しく抱き締められる

「せ、せ、せんちょ…!?」
「………………馬鹿。愚か者だ、お前は」

少しの沈黙の後飛んできた誹りの言葉は、なんだか温かく思ってしまった。抱き締める腕の力が強まる


「おれの事を想ってくれるのは嬉しい…が、おれとは違い
お前の命は一つだけ…。蔑ろにするな、命令だ」
「……ハイ、船長」
「お前は二つとない、おれだけの宝だ、奪われたくない」
「…はい、船長」
「おれも、お前以上に、お前の事を想っていることを
 どうか忘れないでくれ……。」
「…はい」


船長命令に頷くしかできない私に
祈りの篭った、愛しいキスが、与えられた

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