…ぬかった。
逗留先の島で用意を整えようとしたのは良いものの
まさか、海軍の駐在所があっただなんて
今日は9月9日。そう、我らがホーキンス船長の誕生日
船員集めてケーキを囲む…というのは、流石にせずとも、船員の皆もそれぞれ、彼を祝うための準備を進めているようだ。かくいう私も今回逗留したこの島で、船長に似合いそうなプレゼントを探しに足を延ばしている
何がいいかな。ホーキンス海賊団の船員ではあれど、魔術の知識はサッパリだし…。かといって、船長の好むものといったら…確かなものとしてはフォーチュンクッキーくらい。前々に買っておいた物があるけれど、一年に一度の日にクッキーだけというのも寂しい
「ん?」ふと、店先のショーウインドウに目が留まる
金細工の美しいアクセサリー。首に巻くには少々長そうだ
ただ、嵌っている石が、何とも彼のようだ
鮮やかすぎない菫色が、まさに彼のようだ!
店に入り、店先のアクセサリーを包んでもらう
贈り物用のラッピングをお願いすると、メッセージカードは如何かと進められた。メッセージカードか…小恥ずかしい気もするけど、年に一度の日だし。という事で…彼の愛用するタロットのようなデザインのものを選び、彼への言葉を連ね、ラッピングに添えてもらう
店を後にし、浮ついた足で船のある港への道に向か…おうと…思ったのだが
「貴様、ホーキンス海賊団のナーシャだな?」
それは、店先に構えていた海軍達に阻まれてしまった
……これで、冒頭に戻るというわけなのだけど
手錠をつけられた手首が痛い。冷たく、湿気の多い地下牢の水気を吸って、肌に張り付く服が気持ち悪い
「さぁ言え!船は何処に停まっている!」
「っ、言うもんか、絶対に」
べーだ。よくも邪魔してくれたな。と舌を出して嘲ると、若い海兵が激昂、銃の台尻部分で頭に一撃を
痛い。視界が一気に揺らぐ
それでも気は収まらないようで、俯いた顔に向けてまた一撃。口の中に血の味が広がる
「おいよせ!此処でくたばられても困る」
「ちっ…そうだな、巡回の兵を増やす手配を!この女もインペルダウンに送ってやる」
私の居る地下牢に、静寂が満ちた
「……っ、う」
船長。ごめんなさい。折角の日なのに、こんな馬鹿な真似
折角のプレゼントも、逃げ惑う際に落としてしまった
自分の情けなさに、涙が溢れる
────ぁぁ…!ギャアア!
暗い地下牢で、顔をぐずぐずにしていると、突然上から騒がしい悲鳴が。誰かが暴れている。だがその喧騒もすぐに静まり、一つの足音が、ゆっくり、此方に
涙が、尚更溢れだす。口角から垂れ落ちた血と混ざって、ぱたぱたと下に落ちる
「ホーキンスッ…船長…!」
「すまない、遅くなったな」
彼は片手を藁に変え牢をぶち壊すと、私の傍らに膝をつく
海兵らから奪ったであろう鍵で、私の拘束を解いてくれた
する、と船長の手が、血と涙でぐしゃぐしゃの私の顔を撫でた。手袋汚れちゃいますやめてください、とは言えず、彼の手を抑えようとしたが、無駄な足掻きだった
「ぜん、ぢょ、わだし…っごめ、なざい…!」
「…お前が謝る必要はない」
「だっで…」
今日、船長の誕生日じゃないですか。涙声で必死に訴えた。自分で言ったその言葉が、自分自身にも刺さって、心臓を締め付ける
「せっかく用意、した、プレゼント…!落としちゃったし…!」
「……………『船長いつもありがとう。貴方との旅がいつまでも続きますように』」
えっ? 時が止まった
船長が口にしたのは、一字一句違うことのない
メッセージ、カードの
「おれとの旅を、続けたいのだろう?」
よく見ると、船長の腰の、上質な毛皮には
プレゼントにするはずだった、菫色が輝いている
「〜〜〜っ、船長、なんで」
「落ちてた」
「おちてたって……」
落ちてるものを拾うのはどうかと思う!そんな私を意に介せず、船長は私を抱き上げた。俗に言う、お姫様抱っこ
「せ、船長!歩けますよ私!」
「今日はおれの誕生日だ。好きにさせてくれ」
「プレゼント拾ったでしょ!!」
「拾った。貰ったわけじゃない」
淡々と返答する船長には、私の方をチラリと見て
「だから、ナーシャを貰う」
涙と血に濡れた唇を、奪われる
私は大人しく、彼に体を預けたのだった
「…お誕生日、おめでとうございます。ホーキンス船長」
「…嗚呼、ありがとう」
後に、手当てしてくれたクルーに聞いた話
船室に篭っていたかと思えば、血相を変えて街に下りていったらしい
空になった船室には、恋人のカードの上に、逆位置の戦車のカードが重なっていたそうだ
愛されてるニャア、ニヒルに笑うチェシャ猫のヒゲを思い切り引っ張ってやった
───
"戦車"のカード 逆位置の意味…暴力、争い、敗北
プレゼントのアクセは、彼が腰に巻いてるアレをイメージしましたprev mokuji next