終業式の日、テニス部の男の子が言った。
「彼氏彼女いないヤツー!今年はみんなで花火見に行こうぜー!」と。
「はいはーい、行く行く!」と親友のマリちゃんが私の左手まで一緒に持ち上げて参加を表明した。
じゃあ俺も、私も、と結局クラスの3分の2が参加することになった花火の夜。
ちらりと横目で好きな人を見れば提案者の男の子がスガくんに「バレー部合宿とかどうなの?」と聞いていて、それにスガくんは「お盆の頃は流石に休みだから俺も行く」と答えた。

彼女いないんだ。スガくんもくるんだ。

私は受験生ということを言ったん横に置いて、高校生最後の夏に好きな人と花火を見られる日を指折り数えて心待ちにしていた。

夏休みに入っても変わらず課外に出るために学校に足を運べば、わざわざバレー部の使っている体育館の脇の自販機まで飲み物を買いに行ってその姿を少しだけ見る。
1度だけ「あれ?下條課外?お疲れ!」というスガくんに『バレー部超頑張ってるね、スガくんもお疲れ!』ということが出来た。

あんなに大好きだった夏休みが、こんなに辛いのは単に受験生だからって理由だけではない。
スガくんに会えない。それが辛い。
だけどあと半年もすればバラバラになってしまうことは分かっていたから夏の特別な夜の雰囲気に任せてこの気持ちを伝えられたら…と思っていたのに。


思っていたのに、その日は朝から久しぶりの本降りで。
動植物にとっては恵みの雨でも私にとっては最悪の雨だ。
今日は1日傘マークで花火大会は早々に中止が決まった。
クラスのラインではみんなが残念がっていて、じゃあ来週の祭りは?との提案がでているけれどスガくんたちバレー部はその日から合宿だという。

まるで神様からお前には無理だよって言われてるみたい。
スガくんとお前は釣り合わないよって。
見ていると悲しい気分になるそのグループを、私は一時通知OFFにすることにした。


学校にいれば、おはよう。またね。って言えるのにな。
部活頑張ってね、って言えるのにな。
今だって簡単にそれが伝えられる手段が無いわけじゃないのに、簡単に出来る距離じゃないのがもどかしい。
会いたいな。


ポン、と真っ暗だった携帯の画面が光る。

【花火、残念だったね】

浮かび上がった文字の送り主は他でもない、スガくんだった。
スガくんがそう送ってくれたことで出来た2人のトーク画面にわたしはなんて送っていいか分からず「そうだね」とだけ返した。
もっとほかに、何かあったのに。可愛げもない、そっけない4文字。

【下條、楽しみにしてたから
落ち込んでるかなって思って。】

楽しみにしてたよ。だって、スガくんに会えると思ったから。ずっとあの日から、楽しみにしてたよ。
そう送ったら引かれるかな。
でもこれは、きっと私にとって最初で最後のチャンスかもしれない。

長い夏が終わる時、私たちはどうなっているか分からない。もしこれを送ってしまったら当たり前に挨拶できた日々までなくなっちゃうかもしれない。
でもいいよ。よくないけど、でも。

震える指で文字を打った。
目をつぶって送信ボタンを押した。
もう、夏のはじめにはもどれない。






【スガくんに会えなくて
落ち込んでるよ】


【じゃあ、今から会える?】


戻れないけど、戻りたくない。少しだけ、前に進んだ気がする。
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