「孝支、なにしてるの?」
「ん?ああ、引越しの荷物のダンボール、残ってたやつ解いてたら昔の携帯見つけたんだよ。」
「それいつの?」
「高校じゃないかな?」

充電器にそれをさして電源ボタンを入れる。
パッと画面が眩しく光って一気に時を巻き戻した。
名前を読めば顔が浮かぶ。少し大人になったその顔を。なかなか会えなくなったやつは当時の顔を。青春と呼ぶには少し男臭い、あの時間を。

ふと、思い立って未送信メールのフォルダを開ける。
容易く連絡が取れる手段が普及して、メール機能なんて当時ですらもうほとんど使っていなかった。
おばあちゃんからの最後のプレゼントだからといって古い従来型の機種を使い続けていた彼女以外とは。


『君のことがずっと好きでした。』
そう一言書いたメールは、彼女に届けられることなく8年後の今、この手の中にある。

◇◇◇

中学の卒業式では味わうことのなかったなんとも言えない物悲しさが胸に波のように押し寄せては引いていく。
体に合わない机も、座りづらい椅子も、誰かが担任に仕掛けたイタズラのせいでチョークの粉が舞うこの教室も今日でお別れだ。
ずっと続いていくかのように思われた単調で変化のない毎日が今日で終わる。
バレー一色だった高校生活。
それでも俺の高校生活にピンク色の思い出を書き足してくれたのは下條だった。
派手ではない。地味すぎるわけでもない。ただ普通の女の子。入学したての一番最初の席が隣通しで仲良くなった。
それから2・3年は隣のクラスだったけど、ことある事に教科書を貸し借りしたり試合の前には激励してくれたりと付かず離れずの関係を続けていた。
教室を出る度にその姿を探して、窓の外から見える彼女を目で追う。やっぱ可愛いなって。それを恋だと気づいたのは俺達の進路が決まった後だった。

【試合、東京まで応援にいけないけどテレビで見てるからね。頑張れ!】

そのメールにありがとう、頑張る。そう返信したメールはきっちり送信フォルダの中にあった。
だけど、書いては消してを繰り返した結果シンプルになり過ぎてしまったメールは未送信メールフォルダに入ったまま僕らは卒業の日を迎えた。

「あ!スガ!卒業おめでとう!」
数人の輪の中からひとり飛び出してこちらに来る下條。鼻の頭は赤くて、目は少し潤んでいる。
泣いたのかな。俺は少し泣いた。

「おう!下條もなー?」
「ねえ、スガ?」
「ん?」
「…ん、っと…大学でもバレーすんの?」
「おう!」
「そっか、がんばれ!!」
「下條も、頑張れ!」
「じゃあね!」
そして俺は仙台に残り、彼女は東京へ行った。

それでもずっと意気地無しの俺の心の中に下條はずっといた。何度も何度も神様何とかしてください。もう一度、もう一度会えるならば今度はその手をつかむからと願った。
時折聞こえる風の噂は、東京で元気に夢を追っているという報せだった。

◇◇◇

「高校かー、懐かしいね」
「そうだな。」
「私さ、本当は高校の頃から孝支のこと好きだったの。」
「そうなの?」
「うん、でもね言えなくてさ。」

体育の時間、窓の外で楽しそうに体を動かす孝支が好きだったんだよね。でもこっそり見に行った体育館でバレーする孝支が一番好きだったかも。
春高でさ、孝支が交代してコートに入った時頑張れ、ずっとコートにいて、大好きなバレーしてて、って念送ってたんだよ。その時かな、好きだって気づいたの。
でも大学は私遠く行ったし、上手くいったとしても遠距離恋愛できる自信もなかったし、なによりバレーの邪魔になりたく無かったからさ。
でも神様どうか、何とかしてください。私にはどうしたらいいか分かんないけどなんでもいいから何とかしてくださいって思ってたの。
だからこっちに就職決まって帰ってきた時バッタリ会って声かけられた時すごく嬉しかったよ。と笑う彼女の横顔は夕日に照らされて輝いていた。

俺はスゥっと息を吸い込んで目を閉じた。
「下條」
「ん?」
「ずっと君が好きでした。」


「ねえもう私、菅原なんだけど。」

ずっと送れなかったメールを、もし送ったのならば彼女は画面を見ながら笑ってくれただろうか。
だけどそれでは彼女を抱きしめられない。
僕はもう知っている。あの時俺が恋をした、下條明依に好きだと言えばこんなに可愛く笑うことを。

「明日はさ、私神様にお礼言わなくちゃ。」
「お礼?」
「孝支のこと、何とかしてくれてありがとうって。」
「はは、じゃあ俺もだ。」

あの子が欲しいと願った俺は明日、神に永遠の愛を誓う。あの子を手に入れたからにはこの命が尽きるまで一生かけて幸せにすると。


もう一度未送信メールを開く。
そして一番上にある、あのメールを削除した。
君と揃いの指輪が光る、左手で。

サイレント映画様提出
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