ずっと好きだったやつから『大好きです』と告白されて頭が真っ白になってしまったと言ったらきっと笑われるだろうから誰にも言えないけれど、俺はみすみすチャンスを逃したことを後悔していた。
寒がりなあいつが小刻みに震える体を抱きしめてやればよかった、俺も好きだといえばよかった、「ありがとな」って何カッコつけてんだ、俺の馬鹿野郎。
後ろから及川が「岩ちゃん!置いてくよ?」って声を掛けてきたから『あ、呼んでますよ。話はそれだけなんです、じゃあ。』って、切なそうな顔をしてあいつは行ってしまった。

好きってどういう意味の好きだ?俺と同じ意味か?それともあこがれとかその類の?
そんなことを考えてたら連絡することも出来ず、時間ばかりが流れて、結局何も言えずに東京へ来た。

あいつを好きだと実感したのはまだあいつが入部したばかりの時で、ロードワークのタイムを図るために校門にいた時だ。
まだ揃いのジャージも届いていなくて、学校のジャージを着たまだ幼さの残る姿のあいつ。
天気も悪くて4月だって言うのに肌寒くて、校門に一番でついた時には唇から赤さが失われてガタガタと震えていた。
その姿を見て「着てろ」と差し出したジャージを着て嬉しそうに笑うあいつの笑顔を見た瞬間、俺はきっと恋に落ちたんだと思う。

ホントは夏にも帰りたかったけれど、合宿や大会、車の教習所が重なって戻ることが出来なかった。
俺が再びあいつのいる体育館を訪れることが出来たのは卒業してから8ヵ月もたった頃だった。
久々にみんなで集まってOB戦もした。
あの頃に戻ったみたいですげー楽しかったし、コートの外ではあいつが笑っていた。

顔からあどけなさは消えて、少しだけ化粧も覚えていた。でも都会の同級生のような、派手な化粧ではなくて。
8ヵ月もあればほかの人を好きになるだろうか。なるな。
近くにいられなかった時間を恨んでも仕方ないけれど、おれはその誰かのことが無性に腹立たしくて仕方なかった。

それなのに「明日暇か?」ってきけば嬉しそうに頷くから少しだけ期待をしてしまう自分の方がもっと腹立たしかった。

矢巾が出来たばかりの彼女とのデート先をどうしようかって話していた時にあいつは「デートと言えば海ですよ!車で!」 といった。
みんなで「車のれねーし、海はねーよ」って笑った後拗ねたあいつの御機嫌をとるのにみんな必死だったな。
そんな些細な会話を覚えていると言ったら気持ち悪がられるだろうか。


部活終わりに車であいつを迎えに行くと、小走りで駆け寄ってきて見慣れたはずの制服姿なのにドキッとした。
記憶の中のあいつよりもほんの少しだけスカートが短くて、小さな膝小僧が眩しかった。

「岩ちゃん先輩、免許とったんですね。なんか大人!」
「あー、夏にな。」
「だから夏帰ってこなかったんですね。及川先輩達はあそびにきてくれたのに。」
「そーみたいだな」
「みんな会いたかったんですよ?先輩に。」
「そうか?」
「そうですよ。私も会いたかったんだから。」
「…」
「せ、先輩の私服かっこいいですね!背も伸びた気がする!!」
「そーかよ。」

「…会いたかったんです」


海について、「会いたかった」の一言が頭の中に反芻して消えない。期待している自分と、自分と同じ気持ちでいるとは限らないという相反する考えが頭をぐるぐる駆けめぐる。
こんなところまで勢いで連れてきて俺は何がしたかったんだ。
こんなところまで来たって、あの日には戻れないし過ぎた時間は巻き戻せない。

後ろであいつがくしゃみをして振り返った。
いきなり止まってしまったから、あいつが俺にぶつかって俺よりずっと小さな体がよろけた。
そうだ、こいつは寒がりなんだ。風邪をひかせたら悪い。

俺は着ていたジャケットを脱いであいつに掛けた。
「帰るか」といって。

そしたら俺の服の裾をつかんでうっすらと涙混じりの赤い目で俺睨んだあいつの口から出てきたのはオレに都合のいい言葉ばかりだった。

まだ好きだ?嘘だろ。
8ヵ月、連絡一つできなかった俺を。

肩が震えるあいつのことを抱きしめながら俺は決めた。
春の海も夏の海も秋の海も、東北の海も北海道の海も沖縄の海も外国の海も見せてやろうって。

喜びのあまり少し乱暴になってしまったキスを、あいつは従順に受け入れるから、今日はもう少し一緒に居たいって言ったらどうなるか、聞いてみたいと思いながら抱きしめる手に力が入った。


冬の海もいいぞ、っていつかあいつらにいってやろう。
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