「お茶、ちゃんと濃い味にしときましたよ。」
「やだ、副隊長にお茶入れてもらっちゃった。私がやらなきゃいけなかったのにね。」
「ついでですから。」

彼女はそっと笑った。
午前中まで山盛りになっていた書類も彼女と2人で片付けた結果半分以下の量まで減った。

「すみません、こんな日にまで。」
「いいよいいよ、だって結局やらなかったら休み明けもっと溜まってるもんね。」
「さ、早く片付けちゃおう?」と僕の入れたお茶を一口啜ってそういった。
「イヅルは…、あ、副隊長は相変わらずお茶をいれるのが上手だね。」
なんて呟くからまだ僕に望みがあるんじゃないかなんて思ってしまうんだ。
「そうだね」なんて君につられてさ、昔に戻ったみたいに話しかけてしまう。あの日以来、敬語を使って話すことで君との一線を引いてきたのだけれど。

彼女とは幼なじみだ。
同じく下級貴族の育ちで生まれた時から数年先に生まれた彼女の背を追っていた。両親を亡くした時、彼女も彼女の両親も僕のことをひどく心配して進退が決まるまでの数週間、一緒に過ごした時期もあった。結局霊術院にはいるまでの短い期間は親類の元で過ごし、僕は彼女から遅れて数年霊術院にはいった。
どんなに足掻いたって彼女が先に生まれて、僕があとから生まれた事実は覆すことは出来ない。
だから僕は彼女に釣り合う男性になろうと努力した。
その証拠に首席で合格、首席で卒業をしたし、卒業前に五番隊への入隊が決まった。
彼女は三番隊で働いていて、僕はそれから四番隊へ、そのあと彼女の、働く三番隊へと異隊してきた。
これでやっと強さも肩書きも彼女の上に行くことが出来たと自分の中の自信にもなった。


ふと窓の外に目をやればいつの間にやら雨が降ってきた。
僕が目をやった短い間にも雨足が強くなってきて、これはしばらく降るな、とぼんやりと思っていた。

「"鳴る神の 少し響みて さし曇り"……」
僕の口からは昔二人で呼んだ現世の和歌集の一説がこぼれた。
「懐かしいね、それ。」
「あ、ああ。そうだね。」

「昔"恋"ってさ"孤悲"って書いたんだって。」

書き損じた半紙の隅にさらさらっと筆で"恋"と"孤悲"という文字を書いた。
「恋が一人悲しくなんて、寂しいね。」
「そうだね。」
「ねえ、その句に返歌があるって覚えてる?」
「いや、どんなのだっけ。」

彼女は悲しそうに笑って「ううん、忘れて」といった。


「名無子?まだいる?あ、吉良副隊長失礼します。」
「あ!」
「ああ、明日は大事な日なのに明依さんを長々と残業させて済まなかったね。」
「いえ。名無子、傘を持って出ていかなかったもので。迎えに来ました。」
彼は五番隊で働く彼女の同期で恋人だ。
彼は中流貴族。彼女の家とは商売のパートナーだったという。既に家業は彼女の兄が継いでいる。
彼女は2つの家の関係をより強固にするために彼の家に嫁がせることになっていたらしいが、許嫁として出会う前に霊術院の同期として出会って恋をしたのだと聞いた。
死神という仕事に誇りを持つ彼女が結婚後も働くことは両家ともに賛成だという。
精悍な顔、体。勤務態度も非常に真面目だときく。
人望も厚く、出世街道にのっているらしい。彼女に相応しい相手だ。かなしいくらいに。
「あとは僕がやるから、上がってください。」
「でも…。」
「いいですから。ね?」

申し訳なさそうに頭を下げると、彼に向かって僕が見たことの内容な笑顔を向けた。
「それではまた明日、よろしくお願いします。お先に失礼します。」
そう二人は僕に頭を下げて執務室を出ていった。

半分以上残っている湯のみと、すっかり飲み干された彼女の湯のみを見ながら自分の机の奥にしまった読みくたびれた一つの本を取り出した。

探していたページを見つけて僕は静かに泣いた。

僕はなんて馬鹿だったんだろう。君の最後のメッセージに気づかなかった。ねえ、僕は信じてもいいのかい?僕と君が同じ気持ちだった瞬間があるって。
ごめん。そのかわりこの気持ちは一生誰にも言わない。だってそれが僕の愛だから。君にも言わない。
明日は精一杯君を祝福する。
そしてまた、何も無かったかのようにこの部屋で机を並べて仕事をするのだ。

やっぱり僕の恋は孤悲だよ。だって1人でこんなにも悲しい。



明日君は、ほかの男と結婚する。
(あなたは私より、ずっとずっと遠く
手の届かない場所まで行ってしまった。だから身を引くの。)


「鳴る神の 少し響みて さし曇り
雨も降らぬか 君を留めらむ」

少しだけ空が曇って、少しだけ雨が降ったらいいのにな。
そして少しだけ雷がなったら、
君のことここに引き留められるのにな。

「鳴る神の 光響みて 振らずとも
我は止らむ 妹し止めてば」

雷がならなくとも、雨が降らなくても
あなたが「ここにいて」って言ってくれさえすれば私はここにいるわ。



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