君の心に触れさせて

明依と帰ったその夜は梅雨の中休みのだったのか空は晴れ渡り星もキラキラ輝いていた。
ちょっとだけすっきりした顔をした明依が『真子は月みたいな人だね』と言ったから何故かと理由をとくと、
『みんなの輪の中心にいて、いっつも楽しそうだから太陽みたいな人だなーって思ってたの。髪の色も綺麗でしょ?でもさ、みんなことをよく見てて後ろからそっと後押ししてくれるでしょ。だからじりじり暑い太陽より、そっと見ててくれる月みたいだなーって。』
といって『何か変だったかな?』と言ってこっちを見てきたので「なんや、照れくさい事いいなや…」と話を終わりにしてしまった。

お互い反対方向の電車に別れて乗る。
電車に揺られながら「あんま檜佐木の事は疑ったらアカンでェ。信用したり。」と思ってもいないことを口にした事実を後悔した。
本当は「別れて俺と付き合う方がエェで」とかいうことが出来たら未来は変わっていたのかもしれない。けれどその言葉を聞いて少し自身を取り戻した明依の姿を見たら言わない方が正解だったのかとも思い直して途方に暮れてため息をついた。



休日の部活は朝からだとダルイ。けれど午後からだともっとダルイ。
午前の練習だと午後からは自由に出かけることが出来るけれど、午後からだとそうもいかない。いくら日が伸びたとはいっても高校生が出歩ける時間には限りがある。
梅雨も開けて、この週末が終わって2日登校すれば夏休みに入る暑い暑い1日の中で最も暑い時間を練習に費やし、終わった頃はもう陽が傾き始めていた。
せめてもの休日の残り時間を有意義に過ごそうと休日の部活終わりは部員の帰る速度も増す。こんな日に限って日誌の当番だった。
部活終わりから明依と檜佐木の姿が見えなくて、あいつらもとうとう仲直りしたのかと思っていたら檜佐木が校門の方に駆け足で走っていくのが見えた。
門の前には背の高い、モデルみたいな他校の制服に身を包んだ女がいて檜佐木はその子と歩き出していた。


オレは日誌を放り出して明依を探しに走った。

明依は案外近くにいて、プールの柵とテニスコートの間の人気のない場所に佇んでボーッとしていた。



「おーい、明依ちゃんよォ。マネージャーの持ってる鍵と一緒に日誌置いて来な、帰られへんのやけど」
『わ、真子ごめんね!ごめん、これ!!』
こんな時でも俺を気遣う言葉と笑顔に堪らなくなって鍵を差し出す手を掴んでしまった。
明依は目を見開いて驚いたけれど、すぐ視線を落としてしまった。
「なんかあったんやろ?檜佐木と。」

オレもバカではないから今の明依の状況とさっきの檜佐木の姿を照らし合わせたら何が起きたかなんて普通にわかる。
それでもあの夜のように、気持ちを打ち明けて欲しかった。

『……檜佐木君がね、別れようって。
告白されたんだって。彼女がいてもいいからって…。でもね……。』
彼女はオレの方を向いて笑った。今にも泣き出しそうな壊れそうな笑顔で。
『それじゃあ彼女に悪いからって。もうその子のこと彼女って言ってた……。』
その言葉を聞いてたまらなくなって明依を抱きしめた。
最初は所在無さげにしていた腕も俺の腰にまわされて、シャツを握りしめて子どものようにわんわんと明依は泣き始めた。

『わっ、わたっ……わたしはっ……っ……い、つっ…から……かの、彼女……っ、……じゃな……くなった……っんだっ……ろ……』
檜佐木の心の中からいつから自分がいなくなって、自分のかわりにほかのひとがいたのだろうかと胸を痛めて泣いている。
きっと明依のことだから檜佐木を責めるわけじゃなく自分の悪いところを探すのだろう。
それが手に取るように分かって明依を抱き締める腕に力がこもった。

初めて抱きしめる彼女の体は自分の想像していたよりも遥かに小さくて折れそうで、きっと夏が来る前よりも痩せていた。
こんなになるまで明依を苦しませてこんなに泣かせている檜佐木に腹が立つ思いだ。


「明依、明依。泣かんでもエェ。オレがおるやん。
オレは明依しか見とらんよ。」



明依の激しい嗚咽が止まって、小さくてしゃくりあげている。
少し離れて赤く腫れた目でオレを見た。

このまま明依のことだから口を塞いでやろうかと思ったけれど、そこまでの勇気はなくて
どうか檜佐木の抜けた心の穴に自分が入り込めますようにと願いを込めてもう一度強く明依を抱き締めた。


君の心の傷を癒したい。だからどうか
きみの心に触れさせて
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