狼まであとなん秒?

どれほど長い時間そうしていたかはわからない。ほんとはほんの一瞬の出来事だったのかもしれない。明依の携帯が振動して、画面に新着メッセージが届いていた。相手はひよ里で、多分オレが来る前に檜佐木と別れたことを告げていたのだろう。同じく部活が終わったひよ里は明依を探しているようだった。思いのほかあっさり明依との距離は離れ、ほんの数秒前まで明依が腕の中にいたことが嘘のような感覚に陥った。明依は小さな声で「ありがとう」といい涙を拭いて笑った。
ひよ里が来るとめんどくさい事になるから、オレは明依に別れを告げて家路についた。


「オレは明依しか見とらん」
それが彼女の中にどう響いたのかはわからない。
でも次の日も、また次の日も。夏休みに入っても明依は明依のままだった。
檜佐木自身が明依と別れたことも新しい彼女が出来たことも隠しはしていなかったから夏休みに入るまでの数日明依はすこし所在無さげにしていた。何もしてやれない自分に歯がゆさも感じたけれど、夏休みに入ってしまえば好奇の目に晒されることも無くなった。

夏の運動部はやれ練習試合だ、大会だ、遠征だと慌ただしい。別に強豪チームという訳でもないので夏休み前の大会で負けて3年生が抜けた。新チームを作ってい上で大事な期間でもあると言える。夏の練習はハードでついて行くのに必死になっていたらあっという間に夏休みも半分過ぎていた。
一応夏休みの課題っちゅーもんもやらなければならないので部活が終わるとたまに誰もいない教室で課題をやっていた。

あの日から明依と2人きりで話す時間は無かった。
じぶんでもどう接していいかが分からなかった。
雑念を振り払うように数学のプリントと格闘していると携帯の画面が光った。
【いまどこにいる?】
送り主は明依からだ。【教室】とだけ返す。

何のようだろうかと考えてる間に廊下からパタパタと小走りの足音が聞こえた。
明依は一つに高くくくった髪を揺らしながら教室にやって来た。


「廊下走ったら怒られるでェ。」
何を話していいかわからず、適当な話題が見つからない。明依はこっちを見ながら何も言わない。
「なんやの?こっち入ってきたらエェやん。」
明依はうなづいて一歩一歩オレに近づいてくる。
カバンを前に抱えて歩いてくる姿が可愛らしくて思わず息を飲んだ。
明依は自分の席に腰を下ろした。

『真子はさ、きっとね。あの時私をなぐさてるためにあんなことを言ってくれたんだと思うのね。』
明依が話し始めた。それは違うといいたくなったけど、黙って話を聞くことを選んだ。
『でもあの日から、真子のことばっか考えちゃって。そしたら、真子はいつも困った時に隣にいてくれたなーって思っちゃって。』
そして明依は机の落書きを指さして
『これ。このハート。真子が書いてくれたヤツだったらいいなって都合のいいことばっかり考えちゃって。』
そして明依は大きく息を吸ってはいた。
髪を縛っているからか、耳まで真っ赤なのが良くわかる。

『切り替えがはやい女って…嫌かな?』
そういって明依は固く目をつぶって俯いてしまったからもういよいよ耐えられなくなって自分の椅子を明依の方に寄せ、下から覗き込んでピンク色の唇にキスをした。
唇と唇が一瞬だけ触れ合って離れると明依が更に顔を赤くしたからオレまで顔が赤くなってしまった。

「明依しか見とらんて言うたやん?」

そしたら明依はニッコリわらって目線を落とした。オレの右手を両手にとって俯いたまま『好き』っていうからとうとう我慢ができなくなって「好きやで」といって明依を強く抱きしめた。


狼まであと何秒?





『真子、痛い。痛い痛い。』
「明依が可愛いのが悪いんやで。」
『ねえ、好き』
「ちょ、このまま押し倒されたいンかい。」
『やーだーーーー!!変態!!ハゲ!!』
「こら!ハゲとらんわ!」
○ ○ ○

prev戻る|next