夢現(ゆめうつつ)
これは夢だ、と思った。
『いっちゃん』
そう名前を呼んで微笑む姿を、現在(いま)は見られるわけがないのだから。
だからだろうか。
胸を掴むような苦しさと焦燥の中でもどこか冷静でいられたのは。
そろりと伸ばした手の先で、彼女は微笑みながら僅かに身を引いた。ゆっくりとかぶりを振る姿が見えた気がしたその瞬間。
「――さん。礇さん!」
はっきりと名前を呼ぶ声と体を揺さぶられる感覚にハッとした。一気に広がった視界は、最初焦点が合わずぼんやりとしていたが、徐々に一つの形を取っていった。
「……司祷?」
見知った少女の顔がどこかほっとしたように和らいだ。
「何だか苦しそうにしてたので起こしちゃいましたけど……大丈夫でしたか?」
「ああ……そうか」
起き上がり、未だぼんやりとする頭を軽く振る。心配そうに覗き込むセリアに軽く手を上げて応えた。
ふわりとそよいだ風が心地良い。そっと息を吐いてから、傍らに座るセリアに視線を移す。
「何か用か?」
「えっと、アサヒさんが呼んでたんですけど、皆さん忙しそうでしたし、わたしが代わりに捜しにきたんです」
「そうか。わざわざ悪かったな」
「いえ! あ、でもこんなところで寝てるとは思いませんでしたけど」
緑そよぐ草むらを見渡し、ふと何かを思い出したかのようにくすくすと笑うセリアを見て、礇は怪訝そうに首を傾げた。
気付いたセリアは慌てて手を振った。
「あ、ごめんなさい! その、さっきまでリスとかウサギとかが礇さんの周りに集まってて……可愛かったなあって」
ふわりと柔らかな笑顔を浮かべるセリアに、ふいに別人の影が重なる。思わず息を呑んだ礇は、夢の名残を振り払うように頭を振った。
それを不思議そうに見ていたセリアは、目的を思い出しハッとして立ち上がった。
「――って、のんびりお話してる場合じゃないですよね。行きましょう!」
促されるまま立ち上がるも、足がなかなか動かない。未だ夢の残滓に囚われているようだった。
「――っ!?」
とん、と背中を押される感覚に礇は弾かれたように振り返った。しかし、勿論背後には風にそよぐ草むらが広がるだけ。
「礇さーん?」
先に歩き出していたセリアが、離れたところで大きく手を振っている。
髪を揺らす風を感じながら礇は一度ゆっくり瞬いた。
「今、行くよ」
そう応えて、礇は歩き出した。
END
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和泉様:Silver Snow
またまたTwitterで募集されていたところに滑り込んでお願いしてしまいました!
静かで少し切なく、かつ爽やかで、もう、うふふ…^///^
素敵なお話ありがとうございました!
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