03
今日も私は藍君の部屋へ訪れていた。男の子の部屋なんて、嶺二の部屋以外入ったことがなくて緊張していたというのに、肝心な藍君はいつもの調子で淡々としていた。

曲を真剣に聞いている藍君の横顔はものすごく綺麗でついつい見惚れていた。

曲を聴き終えた藍君が私の元へ近づいてきた…うん、どの角度も美しい。




「顔が赤い…」


「あああああああああああ愛音!!!!!!!!???」




近付いた藍君は私の頬に手を当てて温度を確かめたのだった。不意打ちに触れられて、顔を覗き込まれると愛音がいるみたいでその大胆な行動に思わず叫んだ。






「ちょっとそこの変態。また名前間違えてるんだけど。」


「あぁ、ごめんごめん。つい…」




愛音…その名前を聞くたびに藍君が少し不機嫌になるのは私が藍君を愛音と呼んでしまうからだ。藍君といるはずなのに、愛音のことばかり考えている私は中々いい曲が思い浮かばずにいた。
藍君が私の頬を抓って変態呼ばわりされても、私は言い返すこともできず謝った。




「アイネ…確かどこかのプロデューサーと作曲家もそんなことグダグダ言ってボクに曲を作ってレイジと対決…なんて良くわからない企画を持ちかけられてそっちも進めてるよ。」


「それって先輩…」


「曲を聞いたらとても技術の高い曲だと思ったけど…何だか違う。こんな抽象的な事をなんて言っていいのかわからないけど、初めての感覚だよ。」


「…歌ってみて?」




〜♪〜〜♪〜〜〜♪




「…」


「…何か言いなよ、ひろが歌えっていったんでしょ。」


「先輩のこの曲…」




やっぱり…アレンジされてるけど、この曲は愛音との卒業オーディションの曲だ。昔、愛音が口遊んでいたのをよく聞いていた。愛音のお気に入りの曲だった。
だけど、藍君が歌ったものは完璧なものだけどやはり何かが違った。

先輩達はわざわざこんな企画持ち出して、藍君と嶺二に何をさせるつもりなのだろうか。
こんなの誰が喜ぶんだろう。




「藍君には、藍君の歌が、思いがあるはず。その曲は別の誰かを映してる。何か、すごくムカついてきた。」


「おもい…そう、なのかな。っていうか歌わせといてムカツクって訳がわからないよ。」


「ねぇ、藍君。どっか遊びに行こう!」


「は?この前もそうだったけど、相変わらず突飛な事しか言わないよね。」


「藍君の事もっと知りたい。藍君だけの曲を作りたいの。…だめ、かな?」




本当にムカツク。今は藍君の曲を作っているのに愛音のことばかり考えて、藍君が協力して家にまで入れてくれてるのに何にもできてない自分に腹が立った。




「…別に、行ってもいいけど。」


「よっし!じゃあ決定!!」



やってきた場所は、いつもの海だった。
嶺二といつも行く砂浜ではなくて、近くの丘にある公園だ。小さなブランコとベンチしかなくて、ロケーションを楽しむために小高い丘の中央に設置されたベンチからは海が一望できた。

芝生の緑と潮の香りがする風をいっぱいに吸って走り出した私は、藍君を急かそうと後ろを振り向いた瞬間、盛大にコケた。

あぁ、恥ずかしい。




「まったく…大人なんだからはしゃいで転ばないでよ。」


「す、すみませ…はは。」




藍君はものすごく呆れた顔でこちらに近づいてきた。




「ほら。」


「へ?」


「…手。繋いでおかないとまた転ばれても僕は手当できないよ。そーゆうデータはないんだから。」




差し出された手はとても綺麗にケアされていて、爪もピカピカだ。
愛音の手は、デリケートなのか少し逆さ向けがあって冬にはハンドクリームをつけてあげたこともあったっけ…
藍君の手を受け入れた私は藍君を見上げた。



「ありがとう。」


「…」


「藍君?」




藍君は黙ったまま固まっているようだ。
名前を呼んでもまったく返事がない。握った手をブンブン振り回してもいつもみたいに毒舌で返す素振りもない。




「…」


「おーい、藍君?あーいーくーんー」


「あーもううるさい。ほら、あっち行こう。」




ハッとした藍君の大きな瞳が更に大きくなったと思ったら「うるさい」と悪態をつかれた。いつもの藍君のようだったが、様子が少しおかしかった。

一緒に丘を登りきると、一面に広がった海原はキラキラ夕日に水面がオレンジ色に染められて光っていた。
空には一番星が薄っすら輝いて夜を迎えようとしている。
絵本の中みたいな光景にしばらく2人でベンチに座ってぼーっと景色を眺めていた。





「たまにはこーゆうのもいいかもね。」


「…うん。」


「何、泣いてるのさ。」


「あ…ごめん。」




ポツリと喋り始めた藍君がこちらを見た。
すると、藍君は不思議そうに私に問いかけた。私はいつの間にか泣いていたのだ。
愛音は、こんな綺麗な景色を見ながら何を思ったのだろう。深い深い海の色は真っ黒でとても冷たかったかな。こんな綺麗な光は愛音にとっては邪魔なものだったのかもしれない。




「海を見ると思い出すんだ。愛音の事。愛音は海が好きでよく一緒に出掛けてたから。」


「仲がよかったんだね。」


「うん、私はアイドル如月愛音の大ファンだった。だから頑張って早乙女学園を受験して合格してこうやって仕事をしてる。嶺二にはよくしてもらっていて、愛音を紹介してくれたのも嶺二なの。それからよく皆で遊びに出かけてた。ただのファンからもっと近い存在になっても愛音は私のアイドルだった。彼の人の部分に触れてもっともっと彼のファンになったの。」


「…。」




愛音の事を嶺二以外の他人に話すのは初めてだった。
愛音の失踪の話を藍君にすると、藍君は私からこぼれた涙を指ですくった。




「…ちょ!?」


「しょっぱい…」


「涙なんだから当たり前でしょ。」




綺麗な指に付いた涙の粒を藍君は不意に口元へ持っていくとペロリとそれを舐めたのだった。
藍君は私の行動を突飛だ変態だというけど、藍君だってかなりのものだよ。
私が今、愛音の話をしてこんなに藍君にドキドキしているのは藍君の所為だ。




「ボクもヒロみたいに誰かのために涙を流す日が来るのかなぁ?」




藍君は私に問いかけた。
誰かのために…私は、私のために涙を流している。愛音を思って自分の寂しさをかみしめているただの馬鹿でしかない。そんな事はわかっているのに、藍君の言葉は素直に私の中に染みわたった。




「藍くんは、ダメだよ。こんな涙辛すぎる。藍くんには幸せ過ぎて感動の涙を流して欲しいな。」


「涙に種類なんてあるの?」


「あるに決まってるでしょ。」


「ふーん。そうなんだ。」




藍君は不思議だ。
愛音と違う、藍君はとても不思議。
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