04
「最近アイアイの話ばっかりでお兄さん悲しい!!」
たまたま事務所からの帰りに嶺二と廊下で出くわした。嶺二はいつものように私を家まで送るといって、いつものように海へ遠回りしていった。
車の中で夜の海と空を眺めながら自分の近況を報告していると、嶺二が突然訳のわからないことを言いだしたのだった。
「何で。」
「僕ちんの超スーパーカッコイイ番組での所作とか見てよ!」
「所作…あっはは!所作って!!」
「馬鹿にしたな〜こぉら!お兄さん怒っちゃったぞぉ!」
お腹を抱えて笑うと嶺二が私に近付いて脇腹をくすぐってきた。
脇腹弱いのに!!!
「ぎゃあぁあ、あはは、ごめん!ゴメンってば許してぇええ!」
じゃれ合っているといつの間にか嶺二の艶っぽい瞳に見つめられる。嶺二が私の顎を捕えて、キスされる…と思ったら何でか藍君の顔が頭をよぎっていつもなら受け入れるそれを口元に手を当てて遮った。嶺二は「ケチ〜」と言ってプゥっと頬を膨らませて子供のように拗ねていて、少し安心した自分がいたのだった。
「ねぇ、今度藍君と対決するんだって?嶺二の作曲家は誰がやるの?」
そう言えば、先輩たちが持ちかけたいけ好かない企画…どんな感じなんだろうか。今日。事務所の人達は『嶺ちゃん最近楽しそうに歌うわね』なんて言ってたけど、作曲家は誰がやるのだろう。
「可愛い可愛い後輩ちゃんだよーん。新人の子。」
「へー。」
「おやおや〜ん♪嫉妬?嶺ちゃん感激!!!ひろちゃん可愛い!」
新人の子か。それならば愛音の事も知らないし、普通に嶺二に曲を提供してくれるのだろうから安心していた。
全く嫉妬なんてしてないって言うのに勝手に妄想繰り広げている嶺二は私に抱きついて胸に顔を埋めてきた。くすぐったくて身をよじると嶺二を胸元から離した。
「嫉妬じゃないですー!ただ、最近嶺二が楽しそうって事務所で聞いてたから、よかったなって思ったの。」
「うん、楽しいよ。あの子の曲は僕をちゃんと見てくれる曲なんだ。アイアイにも、そんな曲作ってあげなよ。」
「…やってるもん。」
「何、その間。」
痛い所をつかれてしまった。藍君をちゃんと見る…か。
今までは愛音がよぎっていたけど、最近はやっと藍君の藍君らしい所が見える様になってきたかな。まだ曲にまで至らないのが申し訳ないのだけど…嶺二も頑張っているのだから自分も頑張らなくては、と改めて感じた。
「藍君が…優しく笑えるような曲が作りたいなぁ。」
「ひろちゃん…」
藍君が笑う顔ってほぼ見たことがない。ただ、音楽と向き合ってる時の藍君はとっても楽しそうだと思う。だから、藍君が私の曲を聴いて心が暖まる様なものが作れたら…そう思った。
嶺二が私の名前をポツリと口にした。ふと嶺二の方をみると、すでに嶺二の目鼻立ちの整った顔が目の前にあって腰を引かれると吸い寄せられるように嶺二の唇と自分の唇が合わさった。
歯列を割られ、舌を絡ませられると唾液を送られる。上顎を舐められて全身にゾクリと鳥肌が立つような痺れた感覚に陥った。
「っ…ん…な、に…ぁ…やめ…」
「この前、僕のこと見捨てないでねって言ったの覚えてる?」
「大丈夫だよ、嶺二は嶺二だもん。私は変わらないし、どこにもいかないよ。だけど、こーゆう不純異性交遊はやめなくちゃ。整理をつける時が近づいてきたんだよ。」
覆いかぶさった嶺二を抱きしめると、嶺二も私を抱きしめた。
「…こんなに相性いいのに?」
「恥ずかしいでしょうがっ」
「ひろちゃんのおまんこスッゴイ俺の締め付けて離したくなーいって感じなのに?」
「変態っ馬鹿嶺二!」
「あはは、ごめんご〜!でも、僕はひろちゃんとしたいよ。」
確かに、相性はいいと思う。
男性経験が豊富な方ではないが、こーゆう仕事をしていれば一夜を共にする関係とか、愛音を忘れるために彼氏でも作ろうかと焦った時期だってあった。その男たちに比べて嶺二とは何度しても飽きることがなかった。身体だけの結びつきではない分、余計にそう感じるのだろうか。
「しませんっ今は藍君の曲作りで忙しいから、嶺二に汚されたくない。」
「ひろちゃん…お兄さんはひろちゃんをそんな風に育てた覚えはありません!!」
「育てられてないんですけど。ウザい。」
「んも〜〜〜アイアイの反応とそっくりで嶺ちゃん辛いっ」
「あっはは、一緒に居すぎて似てきちゃったのかなぁ、ヤダ〜〜。」
藍君の毒舌…聞きすぎてうつったかなぁ。
なんだかちょっと嬉しいかも。
今回の企画で最近藍君とは全くあえていない状態だった。圭先輩と一緒に愛音の曲を練習してるのだろう。藍君はきっと圭先輩にはニコニコ外面ぶりっ子するだろうし、圭先輩はメロメロだろうなぁ…
私は、藍君に会いたい。
「…」
「嶺二?」
嶺二は私の頭をポンポンすると優しく笑った。
「良かった。アイアイとひろちゃんが上手くいってるみたいで。愛音とそっくりだけど、別人でしょ?ひろちゃんが受け入れられるかなって心配してたんだよ。」
「ありがとう…嶺二が私の傷を埋めてくれたおかげだよ。嶺二には感謝してる。」
「僕だって、こんな関係終わりにしなくちゃって思ってたんだよ。」
「そっか。」
「ひろちゃんのこと、好きだから。」
「私も嶺二の事、好きだよ?」
「だーかーらー、そうじゃなくて!!!」
嶺二…私のこと心配してくれてたんだ。
私と嶺二は藍君のお陰で成長できたのかもしれない。少し、ほんの少しだけ前に進もうと思えることができたのかもしれない。
傷の舐め合い…そんな関係はやめなくちゃ。嶺二も私も、愛音を思って前に進まなくてはいけない。
嶺二を好きだと言うと嶺二は頭を抱えて項垂れていた。
何がおかしいのか全く分からずに「へ?何?…ん?」なんてボケボケの私に嶺二はため息をついて、それから笑っていた。
「まったく、おバカさんだなぁひろちゃんは」
「嶺二に言われたくないー。」
いつもの調子でギャーギャー嶺二と喋りながら、家まで送ってもらった。
いつもなら上がっていく?と聞いていたけど、今日は藍君の曲を作りたい気分だった。
部屋へ戻るとすぐさま着替えてパソコンへ向かったのだった。