02
いよいよ美風藍との顔合わせの日がやってきた。
ミステリアスアイドルとして世間を賑わすアイドル。結局もらった資料からも詳細はよくわからない。

っていうか体重がシークレットって女子か。身長と誕生日と簡単な経歴しか載っていない資料を渡された時にはふざけてるのかと思ったけど、これが全てだと聞いて愕然としていた。歌はネット配信されているものを聞いていたけど、嶺二も詳しく話してはくれないし、今日はとても不安でいっぱいだった。


深呼吸をしてから事務所の扉をノックして名前を告げると、龍也先輩が「おう、入れ。」と返事をしてくれた。




「よろしくお願いします。」


「はゎゎぁあああ…」


「…美風、藍です。葛城さんとは初めてお会いしますね。」


「初めて!!?あ…初めて、初めましてだよね、うんうん。」




愛音がいたのかと思った…彼はニコリと笑うことはなかったがその目鼻立ちは間違いなく私を魅了した如月愛音だった。
驚きと感動すぎて変な声が出てしまったし、自問自答をして完全にアホ丸出しだ。
このままではイメージが悪すぎる…そう思ってキリッと背筋を伸ばして笑顔を作ると、目の前の綺麗な顔はとても怪訝そうにこちらを見た。




「……。葛城さんの経歴は調べさせてもらいましたけど…って言うか顔が色んな意味で凄いんですけど。ボクじゃ不満ですか?」




そう言って対面に座った私に愛音の顔をした彼が近づいて顔を覗き込まれた。




「どわぁあああああ!!!」(顔近っ!美しすぎる…)




とんだ悲鳴…いや、雄叫びを上げて仰け反った私にその場にいた彼も、龍也先輩もドッと疲れたような顔をしてため息をついた。




「はぁ…ねぇ、ちょっとこの人何。作曲家としての成績はまぁまぁいいし、先輩だと思って敬語で丁寧に対応しようと心がけたけど、人として大丈夫なの?って言うか本気でこんな人がボクの曲を作る訳?」


「…」


「レイジと親しいって聞いた時点でものすごく怪しい気はしていたけど、まさかここまでとは…予想以上だよ。」


「美風、こいつはこれでも優秀だぞ?いい曲を作るのはお前だって情報収集してわかってるだろ?」


「そうだけど…でも事実こんな人だとわかったら期待値は下がる一方だよ。っていうかゼロ。ボクが自分で作った曲で映像デビューすればいいんでしょ?そっちの方が現実的だと思うけど。」


「まぁまぁ、美風と葛城はこれからパートナーになるわけだから、仲良くな?な、葛城。」


「ちょっと!リューヤ先輩!!この子愛音とおんなじ顔してる癖に口悪っ態度デカっ」




顔は一緒なのに、この口の悪さというか態度のデカさは一体何なの。
愛音みたいにニコリともしないし、鈴の音のような声色から奏でられる優しい口調は全く見当たらない。
彼を指さして言うと、人に向かって指をささないって常識は子供でも知ってるよ、と私に追い打ちをかけたのだった。




「キミにとやかく言われたくないんだけど。それにボクは正論しか述べていない。」


「顔は愛音と一緒で可愛いのに、口が可愛くない!愛音なのに愛音じゃないなんて卑怯すぎる!!!」


「キミの言う“アイネ”が誰か知らないけど、僕は“アイネ”じゃないよ。」


「わ…わかってる!君に関係ないでしょ!!!!!!!」




愛音でないと言われ、ハッとした。そんな事わかってる。だけどこんなんじゃ納得できないし、柔軟に対応できる程器用でもなかった。思わず大きな声を出してテーブルをバンっと叩くと一気に空気が静まり返った。




「…。」


「あ、ごめん…なさい。」


「葛城…もうそろそろ一歩踏み出してもいいんじゃないか?」


「…。」




龍也先輩のいう事はわかる。私だって踏み出したい…踏み出そうとして頑張るけど、でもダメ。そこから出たら愛音がどこかに行っちゃいそうで怖い。
龍也先輩の問いかけに答えられないまま下をむいていると、彼はもらった資料を鞄に詰めて事務所を出ていく支度を始めた。




「…とりあえず、曲ができたらボクの所に持って来て。用が済んだから、ボクは帰るよ。」




彼が出て行ったあと、私も黙々と支度を終えて事務所を後にした。
彼との曲の構想どころか連絡手段さえ入手できなかったことに気付いたのは家に着いてからだった。


――――――――――


「…で、曲が出来たの?」


「いや、全く…」




数日後、私は進行中の仕事をとりあえず提出を済ませた。
直しくらいなら、出掛けても問題はない状態だ。

そして今、私は美風藍と事務所近くのカフェにいた。




「じゃぁ何で呼び出すかなぁ。ボクは忙しいんだからね。事務所の呼び出しでカフェなんて変だとは思ったけどやっぱりひろの考え。」


「…君ねぇ!!大事だよ!?君の曲や歌は聞いたし、プロフィールは見たけど、それ以外君の事何にも知らないでしょ!!連絡先も知らないんだから事務所伝いに聞いたの。」


「…知らないと出来ないものなの?」


「当たり前じゃん。君にとってはたくさんある内の一つかもしれないけど全部違う気持ちで作る大切な曲なんだから。」


「そう。じゃぁいいよ。」




あれ?意外と素直。
半ば無理矢理呼び出した状態だったけど、彼は私の話を聞き入れてくれたようだった。




「…」


「…」


「…ん?」


「はぁ…ヒロが言い出したんだからヒロがリードしてよ。ボクはよくわからないし、それにヒロは先輩で年上なんだからね。」




呆れたようにため息をつくと、頬杖をついてこちらをジトッと見つめる彼に、私はドキリと心が跳ねた。愛音が見せたことがない、初めての表情だ。




「あ、そっか。…ん〜じゃぁとりあえず、藍君でいいですかね。」


「別にいいけど。」


「あ、あとアドレス交換してください。」


「うん。…それで?」


「えーと…藍君は普段何してるの?」


「あのさ、考えなしでしょ。」


「す、すみませ…!」




あ、バレてる。
まさかこんな展開になるとは思わなかったし、自分でいざ知りたいと言ってみたものの、自然に触れ合う中で知っていくものであって、いざ“さぁ、どうぞ”と言われても難しいものだ。




「呼び出したんだから、それなりな答えは用意してくるのが普通だと思うよ。」


「ううう…でも、藍君がどんな事考えて、どんな曲にしたいのか気持ちが聞きたかったんだよ」


「キモチ…ボクはそういう所が乏しいんだ…早乙女社長はその為に君と組ませたんだと思う。ねぇ、ボクに教えてよ。どんなキモチで曲を作るのか、歌うのか…」




私の言葉に対して、藍君の口からでた言葉は意外なものだった。
確かにネット配信されている曲は技術も高くて藍君の出す音程にぴったりと合っていてとても聞きやすい音楽だ。だけど、気持ちを込めているかどうかと聞かれたら、無機質なような気もした。
社長は藍君のために私を選んだ…だけど、きっと私のためにも藍君を選んだのかもしれない。




「…藍君、カラオケに行こう!!ね。今から!!」


「ちょっと…意味がわからないんだけど…ちょっと!!引っ張らないでよデリケートなんだから!!」




我ながら唐突だと思う。だけど、藍君の生歌を聞いてみたかった。
藍君の腕を引っ張ると、よろめきながら藍君が立ち上がった。細いラインの少年なのだ、確かにデリケートに扱わなくてはならないかもしれない。




「…」


「藍君て、背高いんだね。」


「は?ボクのプロフィール見たんじゃなかったの?」


「いや、そうだけど、こうやって近くで一緒に立つの初めてだから。」





私より年下な生意気言う少年だと思っていたら、並んで立つと見上げるくらいのスラリとした長身が私を見下ろした。ちゃんと、男の人なんだなぁ。でも、嶺二より身長高いんだもんね、こんなに見上げても当たり前か。




「…何その顔。」


「ふふ。」




顔が緩むと藍君は怪訝そうだった。そういうところは可愛いのになぁ。

カフェを出ると、2人で街をウィンドーショッピングしてあれやこれや言いながらカラオケボックスへ向かったのだった。
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