脱却のタイミング
脱却のタイミングを何度逃したのだろうか。
学生時代からずっと良き友達。名前が俺になびく事はなかった。だからとても付き合いやすかったし、こんなに話せる異性は他にいなかった。だから甘えてきたのは確かだし、好きなのだと気付いてからもその関係を崩そうとは思わなかった。
それは俺のエゴだ。

誕生日は仕事で忙しく、事務所に届いたファンからのプレゼントや、共演者から祝ってもらって自分が今日誕生日だったのかと気付くくらいだった。
深夜に家に帰るとメールが何通も来ていて、その中に名前を見つけると一番に開いて内容を確認した。

『おめでとう。また飲もうー!』

それだけの簡素なメールで思わずプッと噴出して笑った。
電話をすると2コールですぐに名前の声がしたが、そこにいつもの明るく溌剌とした声はなかった。

すぐに行くよ、とだけ言うと車のキーとコートだけ手にして家を出た。



「はぁ…」


「ため息なんてレディには似合わないよ。」


「神宮寺うるさい。」


「釣れないねぇ。」



インターフォンを鳴らすとドアが開いた。出てきた名前はすでに酒を飲んでいたのか、少し赤い顔をしていた。

しばらく他愛のない話をしていたが、先程からため息が絶えない名前に元気のない原因を聞いてみた。しかし、うるさいと言い返されて面食らった。いつも辛辣だけど、流石に誕生日だったんだけどな。もう少し優しさというものがないのだろうか。

ジトッと見やると、テーブルに突っ伏した名前。いつみても綺麗な髪だなと思う。無意識に伸びた手が名前の髪に触れようとした時、不意にまた名前が喋り出した。



「男って何で皆写メ欲しいって言うんだろうね。」



発する言葉は攻撃力が強くて、自分がグダグダしている間にまた他人にとられてしまったのだという事実がぶつけられる。



「…今度は誰だい?」


「ナイショ。」


「レディを独り占めしたいんだよ。会えない時もあるしね。」


「私はオカズじゃないっての。エロ写メなんてネット検索すりゃ一発じゃん。」



全てを話さない名前だが、大体理解できるのは今までの友達歴の長さ、深さだろうか。
どこの誰かは知らないが、彼氏から大胆な写真を要求されたのだろう。

自分ならば名前がそう言った事をするのが嫌いな女性であることはわかるし、こうやって深夜でも何の理由もなくただ会うことは容易だ。ただ、俺は友達という立場だから、家に上がってスエット姿の名前にも会えるのだ。部屋が少し散らかっていても、10代の頃から知っているから許される立場にいるだけ。
恋人ともなれば綺麗な格好をして、ちゃんと化粧もして、洒落たレストランに行ったりもするだろう。
その男がどこまで名前を思っているのかにもよるだろうが、名前を差し置いて欲望だけを押し付けるのはどうなのかと思う。

ただ、そうなった時、すぐに切ればいいだけの男ならば名前はそうしてきた。
それが今回はこんなにもため息をついていると言う事は、きっと好きな相手なのだろう。そう思うと辛かった。
ずっと冴えない表情の名前を見て、どうしてか身体が動いた。



「レディ…」


「ん?な―…」



アルコールの味がする唇はとても柔らかかった。驚いている名前を抱きしめるとあまり抵抗されない。それをいいことに、腕の力を強めた。



「名前の事は俺が一番大事に思ってるよ。」


「…」


「他の男なんてもうやめときなよ。」



何も言わない名前は涙を流していた。
その男と愛情の深さが同等でなかったことが辛くて泣いているのか、俺がこんなこと急に言って困らせて泣いているのか、俺を受け入れて泣いているのかはわからない。

ただ、脱却を果たした俺の情熱は強い。


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bkm
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